つれづれ時事寸評17 「姓《と「性《 *その2* 本研究所研究員 大江 正昭 (憲法学)  「性《に関わる最近の動き  2015年11月4日、同性間の関係につき、渋谷区が、条例に基づき「パートナーシップ証明《を発行し、世田谷区が、要綱に基づき「パートナーシップ宣誓書《受領証の交付を開始した。その後、伊賀市(2016.4.1)、宝塚市(2016.6.1)、那覇市(2016.7.8)が続き、さらに、いくつかの自治体が検討中と言われる。これは、世界各国における「人生又は登録パートナーシップ法《(以下「パートナーシップ制度《という。)制定や「同性婚合法化《の流れに沿ったものといえよう。  本稿では、同性間の関係を法的にどのように処遇するべきかにつき、「同性婚《及び「パートナーシップ制度《について考えてみる(以下では、両制度を併せて「同性婚問題《という。)。 「病気・疾患《(disorder)にされた同性愛 (「病気《はつくられる)  「同性婚問題《を考えるにあたり、まずは同性愛を如何に理解すべきかについてみる。  10数年前、市民向け講座で、講師(精神科医)が「同性愛は、以前、アメリカ精神医学会(APA)の『精神障害の診断・統計マニュアル(DSM)』では、「病気(疾患)《とされていて、治療の対象でした。その後の改訂では病気でないとされたが、製薬業界との関係で「問題《という形で残された《という趣旨の話をされた。まったくの素人ながら、「病気《(訳語の問題はさておき)、特に精神疾患は、社会、否、学問までもが作り出しすらするのだと認識させられた。  なお、H.カチンス、T.A.カーク『精神疾患はつくられる DSM診断の罠』(高木・塚本監訳、日本評論社、2002年)は、APAが、同性愛をDSMから削除するに至る経緯を含めて、DSM改定の内部事情を明らかにしている。是非とも参照願いたい。 世界の動向  世界における同性婚問題への対応状況はどうか。EMA日本によれば、2016年12月現在、パートナーシップ制度を法制化しているのは26ヶ国・地域、同性婚を法制化又は判決で認めている国・地域は25ヶ国・地域(含む17年度開始のフィンランド)である。法制化は30年ほど前からで、つい最近のことである。それ以前は、多くの国が、同性愛自体を死刑も含む刑罰をもって禁止していた。たとえば、アメリカ合衆国では、1960年時点で、全州にソドミー法があった。欧米を中心に、1960年代後半から同性愛に対する意識の変化が見え始め、その法的正当化は、内縁公認が1988年のスゥエーデン、パートナーシップ法制定が1989年のデンマーク、同性婚合法化が2001年のオランダが、各々最初である。  カトリック(結婚と生殖の一体性を強調、同性婚否定)の強いフランスでもPACS(民事連帯契約。パートナーシップ制度のフランス版)のための民法改正案が、保守派の強い抵抗に遭いながらも、1999年10月に成立した。さらに、2013年4月、同性婚を認める民法改正案が議会を通過したが、反対派による憲法院(Le Conseil constitutionnel)への違憲審査請求があり、同院による合憲判断を受けて、同年5月18日、同改正法は施行された。PACSの成立からわずか14年ほどで同性婚承認に至ると予想したであろうか。また、バチカンを抱えるイタリアでは、(婚姻はともあれ)パートナーシップ制度の法案作りは早くから行われつつも成立に至らなかったが、2016年5月20日、同性間のシビル・ユニオン法が成立するに至っている。  アジアでは、台湾で、同性婚合法化の民法改正案が立法院で審議に入り、年内にも成立の可能性があると報道されている(毎日新聞、2016.11.18)。成立すれば、アジアで最初となる。  この同性婚問題の急激な動きは、欧米における婚外子率の急増に見られる家族形態に関する意識変化に多大の影響を受けていると思われる。2012年時点での婚外子率は、アイスランドの61%を最高に、50%台がエストニア、ブルガリア、フランス、ノルウエー、スゥエーデン等であり、英国も47.6%、低いドイツでも34%台である。この率の変化をフランスで見ると、1970年6%、90年代30%台、2000年代40%台、2011年55.8%である。この変化は、婚姻によらない、多様な家族のあり方の承認を意味しており、その流れの一環として、従来否定してきた同性婚による家族形成の承認があると思われる。ちなみに、日本の婚外子率は2013年で2.23%だが、「できちゃった婚」率は約25%である。日本は、妊娠とともに、伝統的な婚姻による家族形成に至るのである。ただし、「伝統《とされる核家族は20%に過ぎないことを指摘しておくべきと思われる(2014年度国民生活基礎調査)。 日本の対応の現状と今後  国・政府レベルではほとんど動きがないことを、渋谷区等の自治体の動きへのマスコミの注目が示している。では、憲法は同性婚法制定を許容しているのか(許容説)、禁止しているのか(否定説)。  憲法24条1項は、婚姻は両性の合意のみに基いて成立すると規定しているが、禁止という文言はない。学説は「両性の合意のみ《の理解で分かれる。否定説は、「両性《とは男女を指すのであり、異性婚限定・同性婚禁止と理解し、同性婚の法制化には改憲が必要とする。これに対し、許容説は、①戦前、親に決定権があったのを否定したもので、「合意のみ《に意義がある、②憲法制定時同性婚という意識自体もなかったことを理由に、同性婚禁止を意味していないとする。  ところで、憲法は、同性婚を「積極的に《禁止しているのであろうか。憲法違反と言えるためには、規定から「積極的禁止《の趣旨を読み取ることができねばならないが、その趣旨を読み取るのは難しい。また、憲法24条が同性婚を積極的に禁止しているとの理解は、憲法13条(個人の尊重、幸福追求権の保障)や14条(平等原則)の趣旨とも相容れない。さらに、民法、戸籍法等の具体化法律にも「異性婚への限定《又は「同性婚禁止《という趣旨の文言を見いだすことができない。  以上より、同性婚法制定は違憲とはならないといえる。したがって、同性婚法制定は、社会の人々の意識(世論)如何に掛かっているということになる。  では、世論は同性愛(同性婚)をどう見ているのか。わが国は、明治初期の数年を除き、同性愛を法的に禁止した歴史がない。それ故にか、一般論では同性愛者差別はしていないという意識が強いようで、同性愛肯定の割合が高くなるが、近所の人、同僚、きょうだい、自分の子どもが同性愛者という場合のように、関係が近いほど嫌悪感を示す割合が増加し、7割台に達すること(河口他『性的マイノリティについての意識2015年全国調査』)や婚外子率が示す多様な家族形態への忌避感が強いことなどから、同性婚法制定は簡単ではないであろうが、同性婚を合法化した国々も決して平坦な道を歩んだわけではない。このことを念頭に置いて、実現に向けて努力することが重要であろう。