地域の課題に立ち向かう 〜社会福祉事業による共生のまちづくり〜 本研究所研究員 仁科 伸子 (社会福祉学)  人口減少、超高齢社会を先取りする地域において、新たな視点で社会福祉事業を実践している人々から学ぶところは多い。そこにはスピードと生産性を重視する右肩上がりの時代からの脱却と、定常型社会の新たな価値観を下敷きとして、共生することや協力し合うことで生み出される地域を基盤とした新たな社会のあり方が見出されてきている。 人口減少、高齢化と社会福祉事業  日本の人口は、2008年に128,084千人をピークに人口減少のフェーズに入り、2015年には、127,095千人と約100万人が減少している(国勢調査)。この人口減少の状況を都道府県レベルで見ると、県庁所在地などの都道府県の中心都市とその周辺に人口が集中し、周縁部では著しい人口減少と高齢化が進んでいる。  熊本県は、1999年の1,864,808人をピークとして、日本全体より一足先に人口減少が始まった。高齢化率は2008年に25%を超え、4人に一人が65歳以上の高齢者となっている。県内では、特に周縁部の中山間地域の人口減少と高齢化が著しく、都市部と周縁部における格差が大きい。周縁部の人口減少は既に高度経済成長期から始まっていたが、近年、高齢化が進んだことによって、さらに農林業、サービス産業の担い手が少なくなってきている。このような町のひとつである小国町では、地域の産業と社会福祉事業を一体化し、中間就労の場を作り出すと同時に、地域の課題を解決する取り組みを始めている。 小国町の高齢化と社会福祉事業の状況  小国町は、九州のほぼ中央、熊本県の最北端、阿蘇外輪山の外側に位置する。東西北部を大分県、南部を南小国町と隣接し、総面積136.72uで総面積の74%は山林が占めている農山村地域である。1956年に16,363人であった人口は3年後の1959年にピークを迎えた後、減少し続け、2017年には7,420人とピーク時の半分以下となった。町の高齢化率は38.8%(2015年)となっており、熊本県下では第8位である。  小国町の主要産業は、農業、林業と観光業であるが、かつて多世代によって営まれてきた農林業生産システムは、高齢化と人口減少によって継承と存続が難しくなってきている。地域には休耕田が増え、草がぼうぼうに生えている荒地に変わろうとしている。  小国町では、社会福祉議会は主要な社会福祉事業主体である。また、中山間地域では、社会福祉事業自体も就労の場となっている。町内に三主体が介護保険事業所を運営しているが、障害者福祉事業を実施しているのは社会福祉協議会のみである。障害者関連の主な事業の内容は、入所、通所施設、就労支援サービス、グループホームなどを実施している。就労支援サービスでは、高齢者への食事の提供、木工、陶芸、草木染、パン焼きを行っており、木馬はふるさと等税の返礼として使われるほどクオリティが高い。 小国のゆめ誕生  小国町は、湧き水がおいしく、この水を使ってつくられた豆腐が名産である。どっしりとした重みのある手作りの豆腐が作られ、家庭の食卓に上っていた。熊本市内からわざわざ買いに来る人がいるような名物豆腐である。  しかし、高齢化によりその豆腐屋も店を閉めるところが現れ、ふるさとの味が失われようとしていた。社会福祉協議会は中間就労の場としてその豆腐屋を運営することにした。こうして小国の豆腐とあげは、障害のある人たちの手で、受け継がれることになったのである。  小国町は大豆に縁がある。「おぐに黒大豆」は、小国町西里地区の中尾集落で伝承されてきた在来の黒大豆である。この黒大豆と集落内に湧水する温水を利用し、もやしが生産されてきた。現在は一軒の農家のみで黒大豆を保全されており、大変貴重な大豆である。社会福祉協議会では、まず、この黒大豆を伝承し未来に伝えていこうと考えた。一方、2010年、熊本に試験場をもつ国立農研機構では、葉焼病と食葉性害虫に抵抗性を持つ暖地向けの納豆用小粒品種「すずかれん」を開発し、これを栽培する農家を探していた。すずかれんは、小粒で味の濃い大豆である。あるとき、大豆栽培に経験のある小国町でこの大豆を栽培できないかと県から打診があった。このとき社会福祉協議会では、ちょうど地域で生産した大豆を使った豆腐作りのプロジェクトを進めているところであった。  地域には、人口減少と高齢化によって、多くの休耕地が広がり、土地ならいくらでも借りられそうだった。そこで、社会福祉協議会では、すずかれんを障害のある人たちの手で栽培できないかと考えたが、大豆栽培は、手間と技術が必要であり、いくら休耕田がたくさんあって活用できるとはいっても素人の手では限界があった。周りを見回すと、プロの農家ばかりであるから、足りない分は小国の農家で栽培してもらいこれを買い取ることにした。現在は、種子を無料で配布し、できた大豆を買い取っている。これによって、農家は、少しの収入を得ることができるようになった。こうして、経験豊かな12軒の農家の人々に助けられ、障害のある人の就労の場と原料の大豆が供給されるシステムが出来上がった。  2016年度は秋の長雨によって収穫された大豆に損失がでた。また、地震で2ヶ月間は湧水がにごって営業できなかった。そのような困難があったにもかかわらず、2万丁の豆腐、1万5千枚のあげが市場に出て行き、436万円あまりの収入となった。今年は、秋の長雨に備えて、倉庫を借りて対策し、もっと多くの生産と売り上げを狙っている。  障害のある人が大豆を栽培し、あるいは豆腐を製造する役割を担うことを通してその能力や個性を輝かせ、仲間や地域、生産者とつながり、収入を得て、地域社会のなかで自立して暮らしていくことを志向して、このプロジェクトは進められている。  こうして出来上がった豆腐は、「小国のゆめ」と名づけられて市場に出て、県内のスーパーにも売られている。 空き家を活用したグループホーム  小国町では、障害のある人の働く場だけでなく、暮らしの場も、地域に展開している。できるだけ、普通に地域の中で暮らしていくノーマライゼーションの思想に基づき、地域の中で生活できるグループホームが整備されている。地域に点在するグループホーム、ケアホームで障害のある人たちが暮らしている。このうち10箇所は、空き家になった民家を活用している。  人口の減少に伴って、世帯数の減少が生じる。これによって、空き家が発生する。小国町も例外ではない。社会福祉協議会では、空き家になった住宅を買い取って、あるいは賃貸して整備して、グループホームにしている。食事や掃除を手伝ってくれる世話人は、地域の人である。こうして、空き家は使われ、地域の人の雇用も増えている。 小国町からの学び  小国のゆめのプロジェクトには、プロジェクトに関わる人々のふるさとに対する誇りと障害のあるなしにかかわらず、地域の中で、ともに暮らしていこうという強い意志が見える。そして、それによって、実現したことの中に、高齢社会に突入した地域がどこでも抱えている課題を解決するための学びがいくつかある。  ひとつは、社会的な関係性の構築である。障害のある人の中には、自ら社会に出てつながりを求めていくことが難しい人もいるが、社会福祉協議会が介在することによって地域で働き、暮らすことが実現し、当たり前になっている。そして、大豆作りや豆腐作りをすることによって、地域の高齢者や農家の人々、そして豆腐を買う消費者へとつながっている。  二つめは、就労支援事業には多様な可能性があるということである。障害のある人もない人も地域の中で一緒に働くという当たり前のことを実践することで、地元で生産した大豆で生産した伝統ある豆腐づくりは継承され未来に伝えられるようになった。  三つめは、休耕田の再活用である。高齢化や人口減少によって、後継者がいなくなった畑は、中間就労の場を展開することで、もう一度作物が作られるようになった。  四つめは、ストックの活用である。世帯の減少によって、空き家になった家がグループホームとして活用され、人が住むようになった。  五つめは、障害のある人だけでなく、大豆を作るのを手伝う農家にも現金収入がもたらされている。さらには、地域に障害のある人が暮らすグループホームが展開されることによって、世話人として地域の人々にも、働く場が提供されるようになった。  人口減少、産業の衰退、高齢化が進む地域において、障害のある人もない人も、安心して豊かに暮らしていくためのひとつの鍵は、共生である。人口が減少し高齢化が進むことは、マイナス面としてとらえられがちであるが、スピードと生産性を求められる産業社会の波から外れることで、共生という新たな価値観と地域に暮らし、地域で働き、地域でできたものをたべるという豊かさを見出すことが可能となっている。