〈一冊の本〉 永山則夫 ―封印された鑑定記録― 堀川惠子著 岩波書店 2013年2月   本体2,100円(税抜) 本研究所研究員  柳  政勝 (精神保健福祉)  この本の「永山則夫」というタイトルをみてハッと思った方はそんなに多くはないと思います。1968年に起こった連続射殺事件(4人射殺)の犯人です。しかも、19歳の少年が起こした事件で当時の日本を震撼させた恐ろしい事件でした。  この本を書いた人物は堀川惠子というジャーナリストでノンフィクション作家であり、さまざまな賞を受賞しています。著書の中で筆者が伝えたいことは永山則夫の育った極貧家族の家族関係とその影響を受けて永山自身が社会生活のしづらさを感じ、特に人との関係でどのようにまわりの人たちと関係を結べばよいのかわからずに衝動的な行動を起こすメカニズムが石川鑑定の記録を紐解きながら考察をしているところがポイントでしょう。永山の生活歴や家族歴の中から家庭内DV(兄弟からの)が日常的に行われ永山の自尊感情や自己肯定感を低め自暴自棄になる様子がわかります。さらに、守ってくれるはずの母からも殴られることが度々あり、心がささくれ傷ついていくことが読み取れます。世間一般でいわれている家庭を持つ父母が愛情を持って子供を育てなければならないことがよくわかります。しかし、その母も幼少の頃、親から虐待を受けていることから虐待や暴力は連鎖するものなのだということが改めて確認することができると思います。現在では極貧家庭での支援は生活保護ケースワーカーや児童相談所の児童福祉司などがかかわり支援していることになると思いますが、昭和30年代ではソーシャルワーク支援は十分な役割を果たしていなかったのだろうと思います。  一方では、司法組織の問題も露呈しています。検察官の供述書と鑑定医の石川の鑑定書の内容が著しく相違し、永山にとって都合のいいような解釈を加えた鑑定になっている鑑定書に対しては信憑性がないと裁判所から批判されています。司法には畑違いの一医者が聞き取った事件の話などあてにならないという司法界の大きな壁が裁判の中に露骨にでています。当時は精神病理学やPTSDという概念もほとんどなく、永山の深層心理を理解する手法が司法の世界にもなく偏った司法の裁きとなっています。  この裁判の中で衝撃的なことが起こってしまいます。それは鑑定を行った石川医師の鑑定記録が鑑定を受けた永山本人から全否定されることになり、その後石川医師は犯罪精神医学の研究から手を引くことになり、一臨床医としての道を進み始めます。しかし、この鑑定書は永山が死刑執行後、残された遺品の中から見つかり、手垢がつき何度も読み返し、傍線を引き肌身はなさず持っていたことが伺われました。これは何を意味するのでしょうか。