わたしの研究 55 テーマ 雑多な研究テーマ 本研究所研究員 立木 宏樹 (スポーツ社会学) 研究の出発点  私の研究専門領域はスポーツ社会学です。スポーツ社会学は「社会学」を親学問としてスポーツと社会の関係、あるいはスポーツそのものを対象とした社会科学のひとつです。ひとえにスポーツ社会学といっても「スポーツの価値や規範に関するもの」「地域スポーツに関するもの」「スポーツの歴史社会的なもの」「スポーツ文化に関するもの」「スポーツの国際的イベントに関するもの」等々、およそ研究者の数だけその研究テーマがあるやに思われます。そうしたなかで私が最初に興味を持ったのは「野球はなぜ国民的人気があるのか」という素朴な疑問からでした。そこから日本文化としての「間」や日本人的なスポーツ観が野球文化として醸成されており、こうした文化や観念がスポーツの嗜好性に強く影響していることについてみていきました。そして、こうした学生野球にみる文化的特性がどのように創りあげられてきたかという歴史社会的な視点へと繋がっていきました。 スポーツの歴史社会的研究 学生野球文化  日本のスポーツの多くは明治期に外国から輸入され、さまざまな形で普及、発展してきた。野球はその普及において国民的人気を得るスポーツへと発展していった。なかでも学生野球はひとつの学生野球文化なるものを創りあげてきた。明治期、学生が野球を始めたころその中心は一高(第一高等学校)であった(当時、詩人正岡子規も野球に夢中であった)。一高の野球は「武士道野球」と称され武士道精神に則り、厳しい練習を繰り返すことで学生野球に名を轟かせていたのである。その後、早稲田、慶応といった学校が野球部を創設し、学生野球の中心は大学と高等学校(甲子園大会が始まった大正期には中等学校であった)へと拡大されていったのである。明治期から大正、昭和にわたって学生野球は野球による人格形成や精神修養、教育としての野球等、現代の学生野球に通ずる文化的特性を持つようになっていった。こうした学生野球としての文化的特性はアマチュアリズムや教育としてのスポーツのあり方等、日本のスポーツに強く影響を与え、スポーツの社会的価値として現代においても日本のスポーツの根底に広がっている。その一方で、明治から大正、昭和初期の学生野球は選手の過度なパフォーマンスや審判への暴言、相手選手とのヤジ合戦をはじめとして、応援者によるヤジや暴動(早慶戦の中止は過熱する応援が契機であった)等、学生野球としてのあり方に反するさまざまな行為がみられた。こうした行為は野球関係者や教育者によって批判され、規制、封じ込められていくこととなるが、その批判や規制と選手、応援者によるさまざまな行為とのせめぎあいが学生野球における文化的特性とその変動の契機となったと考えられる。つまり、こうした学生野球にみられる選手や応援者のパフォーマンスや暴言、ヤジや暴動といった教育から逸脱した行為や学生らしくない行為に対する批判や規制、そしてその批判や規制に対する選手や応援者の対応といったひとつのサイクルが学生野球の文化的特性を生み出す構造となっているのである。現代における学生野球は教育の一環、学生らしさといった点にその文化的特性がみられ、学生野球の魅力としてわれわれに共有されている。そして、こうした文化的特性はパフォーマンスや暴言、ヤジや暴動といった教育から逸脱した行為や学生らしくない行為とそれらに対する批判、規制の循環的サイクルによって強化されていくこととなるのである。つまり、学生野球にみられる選手、応援者にみるパフォーマンスや暴言、ヤジや暴動といった教育から逸脱した行為や学生らしくない行為も学生野球の文化的構造の一部であるということが言えるのである。  まだまだこの研究は継続中であり、満足な結論が得られるには至ってない。近いうちにひとつの結論としてまとめ上げたいと思っている。ところで、私はこうした学生野球の歴史社会的研究を進めるなかで歴史的資料の蒐集にかなりの時間を費やしてきた。夏や冬の休業期間中を利用して、国会図書館を中心として各地の図書館や歴史資料館等を巡り一日中図書館で過ごす。一日中図書館で資料を探しても目的の資料に当たらないことも多い。一週間かけて探しても見つからないこともある。最近は目的の資料を見つけた時の喜びとともに図書館の古い紙の匂いが心地よくなってきている。必要な資料の蒐集に図書館巡りもうしばらく続きそうである。 クラブチームと学校運動部にみる人間教育と競技力育成の関係  ここ5・6年は上述する学生野球文化の歴史社会的研究と並行して少年期におけるスポーツ育成環境についても研究を進めている。この研究テーマの着想に至ったのは学生野球文化の歴史をみるなかで、わが国では学校がスポーツの普及、発展の中心にあり、スポーツの教育的意義に強く傾斜していったが、今日のさまざまなスポーツクラブ(地域、民間など)の台頭によってそのスポーツの教育的意義はどのように変化していくのであろうかという疑問を抱いたからである。2011年と2014年に住友生命健康財団と九州体育・スポーツ学会よりそれぞれ研究費の助成を頂き、クラブチーム文化が浸透しつつあるサッカーを対象とした少年期(高等学校・中学校)におけるスポーツ育成環境について調査研究を進めてきました。そこではクラブチームと学校運動部の教育力をめぐるせめぎ合いの中で人間教育と競技力育成のバランスをとった指導を実践している。学校運動部は教育の一環という確固たる位置づけのもと、人間教育を中心とした指導を行っているのに対して、クラブチームは競技力育成を謳いつつもクラブ経営戦略として人間教育を目的とした指導に力を注ぐ傾向がみられた。学校運動部、クラブチームともに人間教育と競技力育成を関連づけて指導しているものの、学校運動部は集団スポーツとしてチームの競技力向上と関連づけた人間教育、クラブチームは個人の競技力向上と関連づけた人間教育をそれぞれ指導する傾向がみられた。この研究についても最終的な結論を社会に還元すべく準備を進めている。  研究領域の特性上雑多な研究テーマを扱った研究生活であるが、ここまで進めてきた研究を纏めつつ、そこから派生する新たな研究課題へのさらなる探求と同時にますます雑多な研究を追求していきたいと思います。