住民参加再考 〜主体形成論とエンパワメント実践から見た「我が事」論の課題〜 本研究所研究員 仁科 伸子 (社会福祉学) 我が事、丸ごと  2017年9月12日、社会・援護局地域福祉課による「地域における住民主体の課題解決力強化・相談支援体制の在り方に関する検討会(地域力強化検討会)」の最終とりまとめが公表された。この検討委員会は、2016年10月から約1年をかけて「ニッポン一億総活躍プラン」に掲げられている地域共生社会の実現について検討するため進められてきた。厚生労働省では、この最終とりまとめを踏まえ、改正社会福祉法第106条の3に基づく指針の策定、地域福祉計画のガイドラインの改定、さらにはその後の「我が事・丸ごと」の地域づくりを進めていくとしている。  この閣議決定を受けて、厚生労働省が管轄する地域力強化検討委員会は、「他人事」になりがちな地域づくりを地域住民が「我が事」として主体的に取り組む仕組を作っていくとともに、市町村は、地域づくりの取組の支援と、公的な福祉サービスへのつなぎを含めた「丸ごと」の総合相談支援の体制整備を進めるため、「地域力強化ワーキンググループ」を設置し検討してきた。  簡単にいうと、政府は、住民を中心として地域の課題を解決することを強化するということを求めている。そして具体的には地域包括支援センターの事業の中に施策として展開されていくと考えられる。  本ワーキンググループのメンバーであり、豊中市社会福祉協議会のコミュニティ・ソーシャル・ワーカーである勝部麗子さんが、コメントで次のように述べておられたのが印象に残った。  「我が事」は誰が誰に言うのか。「我が事」だろうと行政が住民に言った瞬間に白けてしまう。「丸ごと」でしょうと行政が市民に言うのだったら行政は要らないのではないか、市役所の人こそ「我が事」と思ってくれとか、厳しい意見をたくさん聞く中で、「我が事・丸ごと」の主語は誰なのかと言われたときに、主語はみんななのです。  行政がとか事業者がとか、市民がとかいうことではなく、みんながやはり「我が事・丸ごと」と思わないと、世の中は「他人事・丸投げ」ではどうにも進まない、みんながそれぞれの立場で考えていこうということがちゃんと伝わっていくことを切に願っています。  勝部さんの指摘は、社会福祉学への問いかけでもある。「我が事、丸ごと」では、地域組織化によって住民自身が地域の課題を解決できるような社会を創造していくことを提案しているが、果たして行政主導による住民の主体形成は可能なのか。本稿ではこの点について、理論的、実践的観点から考えてみたい。   地域福祉の始まりと住民の主体形成論  社会福祉学における住民参加研究の理論的歴史を振り返ってみる。1970年代、福祉問題を資本主義体制の構造的矛盾による貧困の再生産に発する政策ととらえる孝橋正一の経済貧困化論に対して福祉問題は体制がどうであっても、人間の社会生活にかかわる制度の障害、生活問題としてとらえるとする岡村重夫の生活的機能論との対立を経た上で、自らの理論に立脚して、岡村は、地域福祉とは、コミュニティケアと地域組織化活動が両輪になっていなければならないとした(岡村, 1970)。実践的に見ると、地域組織化は、アメリカにおけるコミュニティ・オーガニゼーションであるが、日本では、民間組織である社会福祉協議会にその役割が託された。右田は、住民による地域のダイナミクスを捕らえて、主体を3つにわけ、生存主体認識、生活主体認識、権利主体認識とした。右田の理論では、地域福祉の固有性を内発性に求めており、地域社会形成力、主体性、共同性、連帯性、自治性を含むものであるとしている(右田, 1993)。内発性とは、地域住民の内側からの発意と力動ということになる。  住民自らが地域の課題を解決していくためには、住民の主体形成が求められるが、これにはいくつかのプロセスが必要である。住民が地域の課題を認識し、地域のものとして捉えるプロセスや、それを見極める力を養うプロセスを経て、はじめて、自らの地域の課題を解決できる主体となることができる。このための支援をコミュニティ・エンパワメントと呼んでいる。   住民参加のプロセスと主体形成  住民参加には段階がある。アーンアスタインは、参加を8段階に分けて論じている。これは、行政と住民との関係性について論じたものであるが、第1段階目には、行政が住民を操作する段階(Manipulation)、第2段階目にはセラピー(Therapy)、第3段階目に情報提供(Informing)、第4段階目には、協議、意見聴取(Consultation)、第5段階目には懐柔(Placation)、第6段階目協働(Partnership)、第7段階目に権限委譲(Delegated Power)、第8段階目に市民による統制(Citizen Control)があるとしている。はしごの1、2段階目は、非参加、3〜5段階目は名目的参加とし、第6段階目以降からが、行政と住民がともに考え行動する段階である(Arnstein, 1969)。  エンパワメントや参加の段階的なプロセスは、地域福祉の実践に関わったことがあるものならば、誰でもが経験するものである。十分に住民が力をつけ、行政と対等な関係になってこそ、第6段階目以上の段階に到達することが可能である。ブレア政権において、コミュニティ組織と政府がコンパクトを締結したのはまさに行政と住民の共同の好例である。しかし、「我が事丸ごと」では、エンパワメントによる主体形成がないままに、一気に権限委譲し、階段をすっ飛ばしていくような非現実感がある。これは、アメリカのようにコミュニティを基盤とした組織が資金を獲得することができる豊富な民間資金やイギリスのように政府とコミュニティ組織が対等の関係を結ぶような素地が出来上がっていないためでもあり、地域住民の主体形成を支援するための方法論の未整備という課題があるためでもある。さらに重要なのは、地域で活用できる財源の確保である。永田は、イギリスのコミュニティを主体としたまちづくりを研究し、「ガバナンス」と「財源」の一致が必要であるといっている(永田 2011)。地域における課題を自ら解決していくためには、コミュニティを基盤とした財源の確保が不可欠なのである。この財源は、アメリカのCDBG(Community Development Block Grant)のように縦割りでもなく、ひも付きでもなく、人件費にも使えることが理想であると世田谷のまちづくりを牽引してきた林泰義も述べている(2013 インタビュー)。   コミュニティ・オーガナイジングの理念  地域住民や社会的企業が中心となって、地域のまちづくりを担っているわかり易い例としてアメリカを取り上げる。シカゴは移民の都市として、地域毎に異なる国からやってきた移民の居住地域が形成されたことから、歴史的にコミュニティ・オーガニゼーションが生まれ、発達してきた都市である。各コミュニティ・エリアにいくつかのコミュニティ・オーガニゼーションが存在する。市や州政府や民間の資金を獲得しながら、協働と権限委譲によって、教育、福祉、就業支援、アフォーダブルな住宅の整備、まちなみ整備、安全対策など包括的な分野で、市民や市民が組織している社会的企業によるまちづくりを実践している。それぞれの組織は、公民権運動や学校建設運動、住宅運動、労働運動、貧困や差別との闘いなどの市民運動や宗教的歴史を有する。移民やアフリカ系アメリカ人の組織が差別と闘い社会的公正を求めて組織化され、地域住民の生活の改善を求めて様々な事業を展開してきたものがほとんどである。アドボカシーやソーシャル・アクションの中で、住民はエンパワメントされ、地域にもっと必要なものは何か、住民の生活を改善し、子どもたちの教育を豊かにするためには何が必要かを考えて様々な事業を展開してきている(仁科 2013)。社会正義や、社会的公正を理念とし、運動を続けてきた背景があってこそ、住民とともに活動できるのである。ソウル・アリンスキーは労働運動の手法を地域で展開し、バックオブザヤーズ(Back of the Yards)を組織化した。日本では、公害反対運動から始まった神戸の真野地区のまちづくりがよく知られている。  コミュニティ・オーガニゼーションが成立するには、地域を組織化する力量のあるコミュニティ・オーガナイザーの存在が不可欠である。アメリカにおける実践を見ると、コミュニティ・オーガナイザーはソーシャルワーカーであるとは限らない。都市計画やビジネスマンや役所の退職者や教会の関係者や社会運動家など多様な人々が存在する。   地域包括ケアシステムと住民参加の課題  日本では、地域包括ケアシステムの構築を目指して、2015年には「新しい総合事業」が打ち出され、生活支援コーディネーター(地域支え合い推進員)が地域包括支援センターの業務として位置づけられた。これは今回の「我が事丸ごと」の具体的施策のひとつである。高齢者のニーズと地域の資源をマッチングする役割として導入されたのが生活支援コーディネーターであり、「地域での役割作りや社会参加と地域福祉力の形成」を位置づけ地域の中にインフォーマルサービスを作り出していくことを主眼としている(厚生労働省, 2015)。この役割は、コミュニティ・オーガナイザーと呼べるものであるが、これまでの歴史的な実践と全く異なるのは、この役割が公的な支出によるものであることだ。  地域包括支援センターは、多くの場合、市町村から社会福祉法人等に委託されているから、コミュニティ・オーガナイザーは、受託法人の職員であり、多くは経験豊かな社会福祉士の方々であろう。地域組織化において、コミュニティ・オーガナイザーには住民と理念や社会正義を共有し、住民をエンパワメントしていく役割を担う。「我事」といったときに、住民が行政から「やらされている」立場にならない事業方法や組織化の方法を展開していく必要がある。また、地域の課題を解決するための事業を展開する資金の獲得も必要である。他にもいくつもの課題があるが、この日本型コミュニティ・オーガナイザーが経験するであろう大きな困難は、地域住民の要求と行政が展開する政策との間に対立が生じたときである。公的資金によって設置されたオーガナイザーは、どちらの立場に立っていくのかというディレンマを背負うことになる。アメリカでは、1960年代に都市計画への住民参加の中で、このような対立を経験し、豊富な民間資金と中間支援組織が生まれたのであった。  また、コミュニティレベルでは、福祉ニーズへの対応にとどまらない、包括的かつ複合的なまちづくりが求められていることからオーガナイザーはこれに対応できる総合力を発揮する必要がある。 参考、引用文献目録 ArnsteinS.R.,.(1969)."A Lader of Citizen Participation". Journal of the American Institute of Planner, p.35. 右田紀久恵.(1993).『自治型福祉の展開』. 法律文化社. 岡村重夫.(1970).『地域福祉研究』. 柴田書店. 厚生労働省.(2015). 平成26年度 生活支援コーディネーター(地域支え合い推進委員)にかかる中央研修. 厚生労働省. http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000176885.html 仁科伸子.(2013).『包括的コミュニティ開発』.御茶の水書房.