P05 〈一冊の本〉 『南方ブックレット11     けんりは子どもの       ハッピーパスポート』 砂川 真澄?著 入江南津子?絵 南方新社 2019年 1,000円(税別) 本研究所研究員 萩原 修子 (文化人類学)  本書は、「人権」の意味と行使の具体的な方法が、子どもたちに語りかけるように伝えられているブックレットである。著者は砂川真澄氏(本研究所の家庭児童相談室・相談員)で、子どもの被害を減らすための防止教育プログラムを開発している団体「子どもの人権・安全ステーション」で活動されており、本書は、そこで実践されている「ハッピーパスポートプログラム」が元になっているそうである。「ハッピーパスポート」(ハッピーに生きるためのパスポート)とは「子どもの権利」のたとえで、「知っていればこまったときに早く安全にかいけつできる」ものなのだ。学校に設置された「つぶやきボックス」(匿名で悩み相談のできる投書箱)への手紙とその返事を通して、日本も1994年に批准した「子どもの権利条約」の4つの権利が説明されている。  著者によれば、子どもが権利を行使し、被害を防ぐために対処する方法は、「いや・やめてと抵抗すること」、「逃げる・離れること」、「相談すること」である。ただ、そこで重要な前提がある。それは、「子どもが自分を大切な存在だと感じ、危険から自分を守ろうとしなければ、対処法を使えない」というところだ。子どもが自分自身を大切な存在だと感じること、それは自分の「いやだ」という感情をそのまま受容し肯定する大人がいるということだ。それを言ったら叱られる、もっとひどいことになる、我慢や従順が褒められるような大人に囲まれた環境であれば、その「いやだ・やめて」と思うことや言うことは「悪いこと」として自ら否定せざるをえない。「悪い子にならないように」、自分の感情を自分で認めることを許していないなかで育つと、「私は大切な存在」とは感じにくいだろう。  著者によれば、「子どもでもおとなでも、被害を防ぐための基本の対処法は同じ」である。さて、大人なら対処は可能か、というとどうだろう。「いやだ」と抵抗できるか、非難されずに安心して相談ができる環境であるか。大人が「ハッピーパスポート」を行使できない社会では子どもは当然その価値を知らず、行使できない。子どもは自分自身が「権利」を行使してよい存在だと気づかずに、埋め込まれていく深い傷みを、「暴力」と認識できずに、「愛」や「しつけ」などの言葉に変換する術を学ぶのかもしれない。  本書は一見、子ども向けだが、むしろ親も含めて、社会を構成するあらゆる人に読まれることによってこそ、その真価が開花するのだと思う。心に響くシンプルな表現のひとつひとつ、挿絵のイメージする豊かさを味わいながら、ぜひ手にとってご一読いただきたい。