P02〜P04 地域政策と災害ボランティア 本研究所研究員 向井 洋子1(地域政策学・政治学) (1)熊本地震から7月豪雨へ  2016年4月、筆者が熊本学園大学に着任して間もなく、平成28年熊本地震が発生した。大学以外に知り合いがいなかったため、避難にいった学園大でそのまま避難所の手伝いをすることになった。その後のご縁で知り合った益城町立小学校で、現在まで継続している学生たちとの教育支援をはじめた。こうした私たちの活動は、協力してくださっている弁護士さん、公認会計士さん、地域の教育指導者、日本ユネスコ協会連盟さんとの繋がりにも広がっている。  そして、2020年7月。新型コロナウィルスによる非常事態宣言が解除されてすぐ、再び自然災害が熊本を襲った。線状降水帯がもたらした河川の氾濫などの水害であった。県南部の球磨川流域が被災地となり、2020年の冬を避難生活で過ごす方々がいることも予想された。  こうしたなか、先に述べた熊本地震後の学校支援の繋がりから、筆者は被災地八代市坂本にある八竜小学校の支援を要請された。激甚被災地にある八竜小学校は、隣接する坂本中学校と一緒に、八代市日奈久の日奈久小学校・日奈久中学校に間借りする形で授業を再開した。被災していなかった坂本地区の子どもたちも、被災して仮設住宅などで暮らす子どもたちも、毎日一緒に登下校するので、授業数の少ない低学年は、スクールバスの時間まで高学年や中学生の授業が終わるのを待たなければならない。この間、低学年と時間を過ごすのが筆者たちに求められた仕事である。   (2)コロナ禍での災害ボランティア  さて、令和2年7月豪雨での災害ボランティアは、これまでの災害ボランティアとは大きく異なる点があった。コロナ禍における県外ボランティアの制限である。被災地の多くは中山間部にあり、中山間部の多くは高齢化率が高い。熊本県高齢者支援課が作成した平成30年の高齢化率および後期高齢化率の表をまとめなおし、上位5位までの市町村を以下の表で示し、7月豪雨の被災地を太字とした。 高齢化率 (65歳以上の比率) 後期高齢者率 (75歳以上の比率) 熊本県 30.6% 16.2% 五木村 49.0% 29.2% 山都町 48.7% 28.8% 美里町 45.1% 26.9% 球磨村 44.0% 25.7% 葦北町 42.8% 25.5% 出典)熊本県統計調査課 「平成30年熊本県推計人口調査(年報)」より抜粋  この表をみると、7月豪雨の被災地に高齢化率の高い町村が多いことがわかる。厚生労働省が新型コロナウィルスで重症化する集団として、「高齢者と基礎疾患のある方」をあげていたことから、ボランティアの受け入れ先となる市町村の社会福祉協議会が県外ボランティアを制限したのも当然といえよう。 (3)災害と社会福祉協議会  では、自然災害に際し、いつから市町村の社会福祉協議会が災害ボランティアの受け入れ先となったのであろうか。  災害ボランティアに注目が集まるようになったのは、1996年の阪神淡路大震災がきっかけである。都市部をおそった突然の自然災害に、数多くの市民がボランティアとして復旧復興に参加したからである(市民の会:1996)。このとき、多くの市民が動いた背景には日本政府の機能不全があった。時の総理大臣村山富市は「必要だと思うことはあなたの判断ですべてやってくれ。法律がなくてもやってくれ。法律はあとから改正すればいい。最後の責任は内閣がもつ」と述べたが、災害対策基本法が規定した「緊急事態」の宣言は出さなかった(薬師寺:2018)。「緊急事態」の宣言を村山が出さなかった理由は明らかではないが、結果として災害対策基本法が十分に運用されなかった。これ以降、東日本大震災が起きるまで、わが国の災害対策は、「特別措置法」で対応する流れになってしまったのである。  「特別措置法」での対応という場当たり的な対応しか日本政府がしなかった半面、国会では市民が自発的に発動することができる法整備がはかられた。1997年5月28日に衆議院内閣委員会へ提出された3つの法案である。具体的には、共産党の木島日出夫らによる「非営利団体に対する法人格の付与等に関する法律案と、自民党の熊代昭彦らによる「市民活動促進法案」、新進党の河村たかしらによる「市民公益活動を行う団体に対する法人格の付与等に関する法律案」である(特定非営利活動促進法 審議過程)。これらの法案に対する10か月にも及ぶ審議を経て、1998年3月19日、特定非営利活動促進法(通称NPO法)が成立した。  しかし、2011年の東日本大震災は市民の力だけで対応できるはずもなく、災害対策基本法の抜本改正へと進んでいった。そして、2012年6月19日の衆議院災害特別委員会にて、共産党の高橋昭一がボランティアの受け皿としての社会福祉協議会への法的裏付けや措置を求めた(災害対策基本法の一部を改正する法律 審議過程)。阪神・淡路大震災でボランティアチームを作って活動してきた高橋が災害ボランティアの受け入れ先として社会福祉協議会を提案したことは、つづく中央防災会議の防災対策推進検討会議へと引き継がれたのである。ここにおいて、中央防災会議を起点とした日本政府による災害政策と市民やNPOと社会福祉協議会の協働による災害支援という2階建ての災害支援が作られたと考えられる。 (4)多様な支援者との連携  前項で述べた2階建ての災害支援のうち、市民やNPOと社会福祉協議会の協働はうまく機能しているのか。これは個別の問題であって、一概には何とも言えない。その理由は、社会福祉協議会は社会福祉法で規定された民間団体だからである(社会福祉法109条、110条)。  熊本県社会福祉協議会、熊本市社会福祉協議会ときくと、公的な団体のように聞こえるが、いずれも社会福祉法人である。ただし、関係行政庁の職員が役員総数の1/5以下であれば役員になることができるため、公的な性格が濃厚である。だが、福祉人材確保事業や社会福祉従事者研修事業が主たる事業の法人職員に、市民やNPOと協働するための高い調整能力まで求めるのはどうなのだろうか。  そこで、災害時に特化して多様な支援者の連携を促進する中間支援団体が2016年に設立された。JVOAD(Japan Voluntary Organizations Active in Disaster: 全国災害ボランティア支援団体ネットワーク)である。JVOADは、武田薬品工業を設立パートナーとし、Act Allianceと中央共同募金会をプログラム・パートナーとする公益性の高い団体である。JVOADの団体設立手続きとほぼ並行して、平成28年熊本地震が発生した。そのため、JVOADの熊本版としてKVOAD(Kumamoto Voluntary Organizations Active in Disaster: 熊本災害ボランティア支援団体ネットワーク)を設立した。KVOADは熊本地震直後は毎日情報共有会議を開催し(のちに週1回に縮小)、7月豪雨のあとは12月初旬まで週2回の情報共有会議を開催していた。 出典)KVOADウェブサイト  2020年10月現在、KVOAD情報共有会議には、Teamsという遠隔会議システムを併用し、全国から災害支援団体や大学、マスメディアの方々と共に実施している。参加者が減少傾向にあるものの、筆者も時折参加させていただいている。KVOADの情報共有会議を通じ、川崎市社会福祉協議会から送っていただいた手作りの子ども用マスクを八代市立八竜小学校にお届けすることもできた。 (5)地域政策と熊本における災害ボランティア  さいごに、地域政策学者として、なぜ筆者が災害ボランティアをするのかを述べておきたい。理由は、第1に、そこに困っている人がいるから、である。カトリック学校で長い間教育を受けた筆者にとって、困っている人を助けることは若いころから刷り込まれてきたものである。宗教的というのではなく、宗教として教え込まれてきた。あいにく洗礼を受けてはいないが、カトリックの奉仕の精神は筆者の中に生きている気がする。  第2に、社会関係資本(Social Capital)の問題である。アメリカの政治学者ロバート・パットナムが論じたように、子どもたちは接する人間から社会関係資本を得る。自然災害で被災して困っている子どもたちは、彼らを助け災害ボランティアと接することで、何らかの社会関係資本を得ることになろう。筆者らの活動は、被災地の子どもたちとの繋がりとなり、子どもたちの自己肯定感を促進し、学校や地域の大人たちの話を肯定的に受け入れるようになることを期待している。「学校で楽しい経験をすること」を活動目的と設定し、一緒に体を動かしたり話を聞いたりし、子どもたちが何か報告してきたときには、大げさにほめたたえるように心がけている。これを定期的に繰り返すことで、子どもたちが成長してからも自分の育った地域を愛し、その地域に住み続けることが地域政策になると筆者は考えているのである。 参考文献・参考ウェブサイト ロバート・パットナム[柴内康文 訳](2017)われらの子ども―米国における機会格差の拡大.創元社. 阪神・淡路大震災被災地の人々を応援する市民の会(1996)震災ボランティア:「阪神・淡路大震災被災地の人々を応援する市民の会」全記録.神戸大学デジタルアーカイブ. 薬師寺克行編(2018)村山富市回顧録.岩波現代文庫,p.288. 日本法令索引?https://hourei.ndl.go.jp/#/?back  特定非営利活動促進法?平成10年3月25日法律第7号  災害対策基本法の一部を改正する法律 平成24年6月27日法律第41号 全国災害ボランティア支援団体ネットワークhttp://jvoad.jp/ 熊本災害ボランティア支援団体ネットワークhttp://kvoad.jp/ 註1:熊本学園大学社会福祉学部教授