P10〜P11 福祉見てある記60 ビレッジ・ムーブメント 住み慣れた地域に住み続けるための活動 シカゴ・ハイドパーク・ビレッジ 本研究所研究員 仁科 伸子 (社会福祉学) ビレッジとは?  過去18年間に、ビレッジ・ムーブメントと言われる50歳以上の人々の地域活動が全米に広がっている。ビレッジとは、地域の会員によって運営されている草の根の非営利組織である。この活動は、ボランティアと会員によって運営されている。これらのビレッジは、ネットワークに参加しておりセントルイスに本部を置いている。セントルイスの本部では、ビレッジ運営のノウハウを提供するとともに、各ビレッジの活動について情報交換を行っている。ビレッジのネットワーク組織の本部(Village?to?Village?Network)によると一般的にビレッジは以下のような活動を行っている。 ・ビレッジは、会員に対して支払うことが可能なリーズナブルな値段のさまざまなサービスをコーディネートする。 ・送迎、健康、ウェルネス、修理、社会的教育的なプログラムの提供などのボランティアサービスを提供する。 ・地域の店舗やサービスと協同してディスカウント価格でのサービス提供を行う。 ・これらの活動は、地域のニーズによって開発され、提供されている。 ・ビレッジの活動は、会員が住み慣れた地域に住み続けるために多様なサービスを提供している。 ・メンバーの孤立に働きかけ、相互に助け合うことで、健康の増進や、全体的なケアのコストを削減する。  このような活動は現在アメリカ合衆国の43州でみられ、その数は約300に上る。 ビレッジの始まり  このビレッジ・ムーブメントの始まりは2002年にボストン郊外のビーコンヒルで始まった。マサチューセッツ州ボストンの郊外住宅地であるビーコンヒルで暮らしていた高齢者たちは、アシステッドリビングと呼ばれる高齢者専用の住宅に移るより最期まで自宅で暮らすことを求めた。ビーコンヒルはボストンの中でも狭い道とガスライトのある歴史的な地区として知られており、そこに暮らす人々はビーコンヒルを愛してやまない。低層のファミリー向け住宅が並ぶ街並みは、イギリスの小さな町を思い起こさせるたたずまいである。通りには、コーヒーショップや花屋、八百屋など個人商店が立ち並ぶ。ボストンは大学の町であり、高齢者たちは、子どもたちが巣立って空の巣となった家に学生を下宿させる。ここに暮らしていた一人の女性が、「私は、ずっとこの美しい町に住み続けたい」と言い出したことからビレッジは始まった。地域の人々は1人100ドル、夫婦ならば200ドルの会費を出し合ってコーディネーターを雇い、助け合いを始めた。またサービスを共同購入することによって料金を低減させるなど、協同組合的な取り組みを始めた。ビーコンヒルをきっかけとして、ビレッジシステムは、全米に広がりを見せている。アメリカには、日本のような地域包括ケアや介護保険制度は整備されていないが、必要なものは自ら創り出すアメリカならではのシステムである。 シカゴ・ハイドパーク・ビレッジ  ハイドパーク地区は、シカゴの中心部から車で15分ほど南に下った地域で、シカゴ大学のキャンパスを含む。19世紀にシカゴ市の郊外住宅地として発展した地域である。古い住宅地の中にシカゴ大学のキャンパスを抱え、活気がある。徒歩圏に公園やいくつかのショッピングセンターがあるが、高齢者の足で買い物をしたり、銀行に行ったり、クリニックに行くには少し広すぎる。このため、ほとんどの高齢者はは車を所有し、日常的に車で移動する。中間所得者層の多い地域である。  ハイドパーク・ビレッジは、他のビレッジと同様、住み慣れた地域に住み続けるための活動を行っている。中心的に運営を行っているメンバーは6人である。一人は、コーディネーターとして雇用されており、ボランティア・コーディネートや会の運営に必要な多様な仕事を担っている。会員は、他の会員のために運転して病院や銀行に行く。ボランティア・コーディネートは、主にこの送迎ボランティアとコンピューターや携帯電話の操作方法を手伝ってくれる大学生と高齢者をマッチングさせることやイベントの企画などが中心となっている。 ハイドパーク・ビレッジの一日  2019年8月にハイドパークビレッジを訪れた。活動の拠点となっている教会には、約30人の参加者が、近隣のシカゴ大学の医師による健康と運動に関する講話を聞きに来ていた。場所は教会の集会室を利用し、オフィスもこの教会の中に設置されているが、参加者の宗派や宗教は問わない。この日のプログラムは、講話、椅子に座って行うヨガ、昼食会、そして、プログラムやボランティアの紹介である。毎日のように行われている個人宅での昼食会やカードゲーム、映画を一緒に見る会などが紹介されたチラシが配られていた。毎日、メンバーの誰かが何かを企画している。昼食のメニューは、ツナサンドイッチとサラダ、そしてビスケットと飲み物といったシンプルなものだが、健康のために魚や野菜を食べることへのメッセージが込められている。シカゴ大学病院でコーディネーターの仕事をしていたスーザン、教会で働くジョン、留学生のボランティア1名が中心メンバーとしてこの日の行事を運営していた。ランチを含めて3時間のプログラムの中では、人々はすっかり打ち解けて楽しんでいるように見えた。  孤独でいることや一人で食事をとることは、余命に影響することがわかっている。ビレッジに参加することは、日本での介護予防と似ている。 ビレッジは才能と経験の宝庫  ボランティア・コーディネートについて聞くと、コーディネーターは、できる、できないだけではなく相性まで見極めてマッチングさせなければならないという苦労が語られた。ボランティア登録者は、50歳以下の層にも増えつつあり、お互いに助け合う精神がビレッジを支えている。  ハイドパーク・ビレッジの設立メンバーや積極的な参加者は、リタイアしたソーシャルワーカーや医療関係者が多い。社会資源の開発やコーディネートを専門とする職業を経験した人材の活躍の場は果てしない。ビレッジを運営するための最も重要な資質は何かと尋ねると、それはコミュニケーション能力だという答えが返ってきた。ビレッジでの活動は、リタイア前の知識や経験を活かすには事欠かない。これは、ソーシャルワーカーに限ったことではない。高齢者は人材の宝庫である。 ビレッジ活動の資金源と課題  活動の最大の課題は何かと聞くと、それは、資金であった。ビレッジの活動には、市や州と言った行政の介入はほとんど見られない。したがって、補助金や助成金はない。必要ならば、会員を増やすか、あるいは、助成財団から資金を獲得してくる。助成財団の助成目的は、貧困や教育を目的としたものは多くみられるが、高齢者の活動を支えるものは、未だ少ない。このため、年会費が払えない層は会に参加することができない。この点が会員組織の限界であり、特徴でもある。  ビレッジの中には、寄付や助成金を獲得し、会費が払えない高齢者も含めた運営を目指しているところもある。資金源は、多くのビレッジに共通する課題である。多くの活動を組織的に展開すればするほど資金が必要になる。ビレッジは、 1法に則った非営利組織の手続きを踏んでおり、寄付による資金に多くを依存している。ハイドパークビレッジの場合は、35%が会費、残りは寄付が資金源となっている。 おわりに  私達が暮らす日本の都市や村にもビレッジに見られるように住民が住民のために活動をすることによって、より住みやすい、また、ケアが必要になっても住み続けることができる地域やサービスを創り出していくことはできないものだろうか。日本の場合は、基盤として地域包括ケアシステムが確立している中で、上乗せとして住民参加型のシステムを取り込んでいくことができれば理想的である。日本の社会システムの中で、住民が自ら暮らす地域のために働くような仕組みをいかに作り上げていくことができるかが高齢社会の課題である。ビレッジから学ぶべきことは、いかに自立した市民を育てるかということと、個人や企業が非営利組織への資金提供を積極的に行うシステムをさらに広げていくことであろうと感じた。 写真1:ハイドパークビレッジの昼食 写真2:医師の講話を聞く会員 註1:501(c)(3)tax-exempt nonprofit organization