P06〜07 わたしの研究 63 テーマ 小児がんとキャンサーギフト 本研究所嘱託研究員  菱ヶ江惠子 (医療福祉)  2020年4月に社会福祉学部ライフ・ウェルネス学科に赴任しました菱ヶ江(ひしがえ)です。大学卒業後、社会福祉士として医療機関や高齢者施設に勤務していました。これまで小児がん経験者への支援をテーマとし、研究に取り組んできました。ここでは小児がんの現状についてお伝えするとともに、「キャンサーギフト」という言葉について考えたいと思います。 小児がんについて  小児がんは15歳未満の子どもに生じる悪性腫瘍の総称です。小児がんには白血病や脳腫瘍、悪性リンパ腫などがあります。子どものがんというと一昔前までは「不治の病」というイメージをもたれることが多かったと思います。しかし現在では医療の進歩に伴い約7〜8割が完治を望めるようになりました。治癒率の向上に伴い、成人の500人から1,000人に1人は小児がん経験者であるともいわれています。このことから、一つの大学に数人の小児がん経験者が学生生活を送っているとも考えられます。  しかしながら治療が終了したからといって、全ての小児がん経験者が完全に元の生活に戻ることができるとは限りません。なかには成長・発達の著しい小児期にがんを発症し治療を受けたことで、心身に様々な影響が生じているケースもあります。また、成長するに伴い進学・就職・結婚など様々な局面で小児がんの体験を振り返ったり、病気の経験の意味を考えたりする場合もあります。 小児がんの患者会について  治療終了後、医療者や親にも相談しづらい悩みを抱えたとき、力になってくれる仲間と出会える場が患者会です。小児がんの患者会では、メンバー同士で病気に関することや今の生活に関することなどについて情報や気持ちが共有されます。さらにメンバー同士の相互作用を通して、自分の人生をより良く生きていくためのヒントを見つけることができます。  小児がん経験者を対象とした患者会は、日本には15団体ほどあります。小児がんは希少がんであり、成人のがんと比較しても患者会の絶対数は大変限られています。また、患者会というと暗いイメージをもたれることもあるかもしれません。しかし、活動内容は情報や気持ちの共有のためのミーティングだけではなく、メンバーで食事に行ったり、複数の患者会が合同でお出かけをしたりと、サークル活動のような面もあります。また、近年では全国規模の集会も開催されるなど、患者同士のネットワークも拡がっています。  大人になってから友達を作ることは難しいといわれることがありますが、小児がん経験者にとって患者会で出会ったメンバーは、高校や大学時代の友達と同じような存在であり、病気の話もできるちょっと特別な友達なのかもしれません。 キャンサーギフトについて  小児がんに限らずがんに関連する言葉として「キャンサーギフト」という言葉があります。これはがんになったからこそ得られたものを示す言葉です。もちろんがんが治ったからこそ、今幸せだからこそ、「キャンサーギフト」について語ることができるのであって、残念ながら治癒に至らなかった方、現在の生活に苦しさを抱いている方などは、この限りではないと思います。また、がん自体が治ったとしても満足のいく、または納得できる状況や環境におかれていなければ「キャンサーギフト」という言葉は煩わしく感じられる場合もあるでしょう。  自分の身に何かが降りかかったとき、「なぜ私がこんな目に遭わなければならないんだ」という思いを抱くかもしれません。そしてその問いの答えはないのかもしれません。しかし、いろいろな考え方をもった人との出会いや、様々な経験から、いつか自分の中でその体験に対して自分なりに「意味付け」をすることになる日がくるかもしれません。小児がんについても、がんになったからこそ生じた出会いが貴重なものであれば、今の生活ががんになったからこそたどり着くことができた充実した環境であれば、自分の中でその体験は「意味付け」され一定の「位置づけ」がなされるようになるかもしれません。キャンサーギフトはがんを経験したあとの、生きることの価値を見出すヒントにもなり得るのではないかと思います。 これからの研究について  私はこれまで複線径路等至性モデル(Trajectory Equifinality Model:以下TEM)やライフライン・インタビュー・メソッド(Life-Line Interview Method:以下LIM)などを用いて、小児がん経験者の体験を質的に研究してきました。TEMは個人が人生の中で辿った径路を可視化できるものです。また、LIMは人生の各地点での満足度などの変化を可視化することができます。これらの手法により、小児がん経験者が発病後から調査時までに、どのようなことを感じたり困ったりしたのか、どのような影響を受け、どのような選択をしながら人生を歩んできたのか、などを確認することができました。調査の結果、特に他の小児がん経験者との相互作用がその後の人生の選択肢や行動、考え方などに影響していることがわかりました。  小児がん経験者の患者会では他の小児がん経験者との交流が可能ですが、希少がんである小児がんの患者会は絶対数が少ないのが現実です。サポートグループなど患者会とはやや異なる形であっても、当事者同士が交流できる場が存在することが重要ではないかと思います。現在は身体的側面だけではなく、心理的側面や社会的側面なども含めた治療後のトータルケアを実現するためのサポートグループに関する研究を行っています。今後は、全国各地で実現できるサポートグループの枠組みについて研究を深め、将来的には治療終了後の小児がん経験者が一人で悩むようなことがないように、集える場を増やしていければと考えています。