P05 〈一冊の本〉 『ムスコ物語』 本研究所研究員 山田 美幸 (図書館情報学) ヤマザキマリ 編著 幻冬舎 2021年8月 1,500円(税別)  私が一番苦手な表現、それは「家族だから、○○○してもよい」である。  実家を離れる20歳のみぎりまでは、私は家族という枠組みの中であれば何をしても許されると思っていた。大学進学就職と実家を離れて、20余年あまり。「親子」という関係性ではなく、私が両親を一個人として見られるようになると、親は親でいろんな苦労を抱えたり、子どもにいろんな期待をして動いてくれたんだなぁと実感するようになった。だから余計に、親からの「家族だから、もっと甘えてくれていいのに。」という思いに私が答えきれなくて、言葉にできない澱のようなものが未だに残ってしまう。  本書は、ヤマザキマリが異国の地で母になり、海外を渡り歩きながら息子と暮らした日々を描いたエッセイである。文章に流れるムスコと筆者の心理的距離は過度に密接でもなく。かといって、突き放した感じでもない。シリア、リスボン、シカゴ…と機に度々おこる「地球引っ越し」に、ムスコは振り回されながらもたくましく育っていく。  普通の親子物語なら、親サイドの話で終わるであろう。私が興味深かったのは、ムスコによる「ハハ物語」なる後書きがそえてあったことだ。ムスコはムスコなりに苦悩を抱えていた。幼いときの引っ越しへの本音をこう語る。「旅行であれば、世界のどこで連れ出されようとも、必ず日本の慣れ親しんだ家に帰ってこられるという安心感が私の中にあった。だが、海外への引っ越しとなれば根本的に意味が異なる。海外への引っ越しとは即ち、私に安心感をもたらしていたそれら全てとの別れを意味していた。(本書p.234)」  親サイドによるムスコの描写だけ読むと、真面目で忍耐強く淡々としたムスコの印象を覚える。ムスコは親の(いい意味での)破天荒っぷりな振る舞いに付き合いながらも成長していく。一方、ハハはムスコがいじめられていればいじめっ子のところに押しかけようとしたり。宿題で寝られないような学校なら辞めちまえと言ったり。ムスコ曰く「母は決して私に理想のようなものを押しつけてくることは一切なかった。(本書p.240)」 言葉にはできないが、親子の信頼関係があるからこそ、安心して暮らせることなのかと考えさせられた。  とある調査で、小学生の保護者の約半数がコロナ禍で親子げんかが増えたとの回答があった注)。今の日本の家族関係をみると、ただでさえ密なところにさらに密になっている様な気がしてならない。コロナ禍はいずれ明けよう。これからの時代のいろんな考え方、いろんな家族の在り方、前に踏み出すに、本書をお薦めしたい。 注)小学生の保護者、約半数がコロナ禍で親子げんかが増えたと回答【スタジオアリス調べ】https://edtechzine.jp/article/detail/6175