P02~04 社会福祉研究所家庭児童相談室の軌跡 第29・30代研究所所長              黒木 邦弘(ソーシャルワーク) はじめに  家庭児童相談室は、1966(昭和41)年社会福祉研究所設立に伴い開設され、2022(令和4)年に55年間の事業活動を終えました。  本稿では、宮崎俊策先生(第15・16代所長)や守弘仁志先生(第24・25・27・28代所長)の記録、そして約20年にわたり相談業務に携わって下さった砂川真澄相談員の記録をもとに軌跡を記したいと思います。 1.社会福祉研究所家庭児童相談室の目的  熊本学園大学付属社会福祉研究所(以下、社福研)家庭児童相談室は、社会福祉研究所の目的である「社会福祉に関する研究調査を行い、地域社会への貢献」(社福研規程第二条)を達成するための事業(「児童及び成人の相談事業」(社福研規程第三条第二項))の一つに位置づけられています。  社福研家庭児童相談室の目的は、「地域住民から家庭や家族に関する問題や、子どもに関する悩みについて相談を受けて解決を図り、地域社会に貢献することを目的とする。」(家庭児童相談室内規第二条)とされています。  こうした相談機関を有する社会福祉系大学付属研究所は珍しく、全国的にも類をみない特色といえます。 2.家庭児童相談室の相談体制の変遷  社福研家庭児童相談室は、学内外の情勢の影響を受けながら相談室の体制を見直し、55年にわたり事業を継続してきました。  守弘仁志先生は、社福研家庭児童相談室の変遷について、宮崎俊策先生の記録を引用しながら、1983(昭和58)年以降の相談室体制の変遷(第一期から第三期)を記しています。そこで、これまでの変遷を紹介し、2022(令和4)年に閉室するまでの経過(第四期)を追記したいと思います。 (写真)研究棟一階家庭児童相談室の全景 ・第一期 研究所の研究員が中心となって全ての相談業務を担う(1983–1984)  研究所事務局が外部から面接依頼を受付し、その後研究所委員会を緊急招集して担当相談員を研究員の中から選出して面接を実施。 ・第二期 相談室にインテーカー(受付担当者を正式に配置する(1985–1994)  インテーカーが相談を受理し、面接依頼の連絡を受けた研究所所長は、緊急に委員会を招集し、主訴に応じて相談担当者を研究員から選出し、面接を実施。 ・第三期 インテーカーの要件を変更し、一定の面接能力を有する専門相談員を配置する(1995~1999.7)  基本的な面接は専属の専門相談員が展開し、難易度の高いもの、より専門的な知識を必要とするものに関して、連絡を受けた研究員が相談活動に参加。  一方、委員会(現・相談室運営委員会)では毎回の来談者の動向や相談内容の全景を把握するため、原則月1回、ケース検討会議を開催する体制を導入。 ・第四期 専門相談員の配置を継続。ただし、相談件数の減少に伴い、ケース検討会議回数を減ずる(1999.8~2021.1)  専属の専門相談員による相談支援は継続するが、研究員の相談活動は休止になる。  委員会(現・相談室運営委員会)のケース検討会議の開催頻度は、年4回(5月、7月、10月、12月)に変更する。ただし、近年は相談件数の減少により、運用上、ケース検討会議を年2回ですすめる。   2021(令和3)年1月、専属の専門相談員の退職に伴い、相談事業を一時休止する。2021(令和3)年度1年間をかけて、新たな専門相談員の雇用条件、児童相談所や児童家庭支援センターといった専門相談機関へのヒアリングを実施し、家庭児童相談室のあり方を検討する。  検討結果は、以下の3点である。 1)家庭児童相談室の再開は、財源及び専門相談員の確保等の問題により断念する。 2)児童家庭支援センターと連携した新たな地域社会への貢献は、社会的責任を担える運営や組織体制、所員の対応力を不安視する意見をふまえ断念する。 3)家庭児童相談室にかわる地域社会への貢献は、2019(令和元)年に導入した地域貢献を目的とする研究会活動に引き継ぐことにする。  2022(令和4)年6月の所員総会にて先の検討結果が審議され、社福研家庭児童相談室の閉室が正式に承認される。 3.社福研家庭児童相談室の特徴と強み  家庭児童相談室の閉室に際して、特徴と強みを記したいと思います。 (1)家庭児童相談室の特徴  社福研家庭児童相談室の特徴は2つあります。  1つ目は、社会福祉学のほか隣接諸科学の知見を有する家庭児童相談室運営委員会委員をメンバーに、ケース検討会議を開催し、専門相談員に助言を行うコンサルテーション機能です。  砂川・前相談員は、コンサルテーション機能に関連して、次のように述べています。   「当相談室は子どもの問題に限らず、広く家庭に関する相談全般を受け付けており、子どもについての年齢制限もない。このような受付内容の範囲の広さが当相談室の大きな特徴だが、それを可能にしているのは、さまざまな専門知識をもつ本研究所の研究員が相談室委員として相談室を支える、バックアップ体制にある。ひとりの相談員では受けられる相談に限界があるが、必要に応じて委員の助言を得、一緒に相談に応じるという仕組みがあるので、相談員が安心して相談者と向き合うことができるようになっている。」(砂川相談員)  こうしたコンサルテーション機能は、専門相談員の求めに応じて、家庭児童相談室運営委員が個別に担うこともあります。その一例を紹介します。 ・山崎史郎教授(臨床心理):  教育機関の事情に精通しており、学校の教諭や保護者対応について助言 ・原田正純教授・下地明友教授(精神医学): うつ傾向の相談者への面接方法、非薬物治療希望者への面接上の助言ないし面接への同席 ・萩原修子教授(宗教学): マインドフルネスの取組の紹介等の助言 ・黒木邦弘教授(ソーシャルワーク): 地域の高齢者虐待(疑い)への対応について助言  2つ目は、学外の他の相談機関所属の相談員の相談に応じる、いわば支援者を支援する役割です。砂川・前相談員によれば、支援者支援への期待は、大学付属研究所に付設されていることと関連があると述べています。   「当相談室は他機関の相談員や日頃相談を受けることの多い立場の人にも利用していただいている。そのような場合、相談というよりも、対応への助言を求められることが多いが、研究所に付設されているという安心感、信頼感がこのような利用につながっているのだと思う。」(砂川相談員)  2021(令和3)年度の社福研家庭児童相談室のあり方に関する検討過程で、児童家庭支援センターとの連携を模索したのは、こうした特色の発展を目指したものです。児童家庭支援センターからは「相談員が担うケースを一法人でバックアップできるか不安がある」として、支援者を支援する役割への期待が示されました。しかし、期待にこたえることはできませんでした。 (2)家庭児童相談室の強み  砂川・前相談員は、開設当初からの方針にふれながら、家庭児童相談室の強みを次のように述べています。   「開設当初からの方針と聞いているが、当相談室は多数の相談を受けるよりは、ひとつ一つの相談について丁寧な対応をすることを重視してきており、積極的な広報をあえて控えてきた。(中略)それはそう悪いことではなさそうである。というのは、相談者のなかには、相談していることを他人に知られたくないと思っている人や、相談に行ったときに知り合いに会うことをおそれている人がおり、とくに子どもの被害や非行に関する相談のなかには、地元の相談窓口を避けて当相談室を利用するケースがあるからである。地味であることはむしろ当相談室の強みになっているのかもしれない。」(砂川相談員)  こうした家庭児童相談室の強みは、継続相談の受付実績からも伺えます。   例えば、相談番号No.X87(下表)の場合、相談回数は4年間で32回、2016年(22回)を最大値に終結に向かっています。  相談実績の多さではなく、ひとつ一つの相談に、いつでも、何度でも、無料で相談に応じる態度は、社福研家庭児童相談室が創設時から大切にしてきた機関の価値をあらわしていると言えるでしょう。  しかしながら、強みを体現し、事例検討してきた50年余りの相談実績を、研究を通して地域に貢献してきたのか、社福研家庭児童相談室の閉室を迎え、あらためて考えさせられます。そこで思い出されるのが、2016年に開催した社会福祉研究所創立50周年記念講演で講師をつとめていただいた岡本民夫先生のコメントです。  岡本民夫氏は、第8代社福研所長で、熊本短期大学[現・熊本学園大学]・教授を経て同志社大学名誉教授のほか、学会などで要職をつとめておられます。  講演では、福祉を科学する研究の切り口に言及しながら、以下のように述べています。  「現場の方々は非常に貴重な専門書や論文には書いていないような良いことをやられているのに、なんでそれが個人に埋没しているのか。僕には大変納得しがたいものがある。それは現場の方々が悪いんじゃなくて、我々もそういう道筋をつけなかったという、あるいはツールをきちんと開発しなかったという責任は重大であるという風に考えておりました。」(岡本民夫氏)  岡本氏は、社会福祉のように人間の生活の具体的側面に関わる仕事の場合は、一般の人からの知恵、経験、体験をオープンに取り入れるオープンサイエンスの姿勢が重要と提起されました。さらには実践現場の人たちは、鋭意努力をされていろんな成果を得ているにもかかわらず、共有できていないことを課題にあげ、フィールドと理論が情報を共有するツール開発の必要性を、自戒をこめて提起されました。  50周年という節目に示された提起は、私自身も自戒を込めて受けとめる機会になりましたし、2019(令和元)年に地域貢献を目的とする研究会活動を導入するきっかけにもなりました。 4.最後に  社福研家庭児童相談室閉室に際して、20年余りにわたり専門相談員を担っていただいた砂川相談員をはじめ、支えていただいた皆様に心より感謝を申し上げます。  今後、地域貢献を目的とする研究会活動では、熊本・九州から講師を招聘し、ソーシャルワーク実践研究に関する学術面・実践面の講演等を開催し、実践事例の蓄積がすすめられます。社会福祉研究所の新たな発信を期待していただければと存じます。 (写真)社福研家庭児童相談室の面談室 (写真)家庭児童相談室パンフレット (引用・参考資料) ・「くまもとわたしたちの福祉」第7号、 昭和60年9月発行. ・「くまもとわたしたちの福祉」第10号、昭和62年9月発行. ・「くまもとわたしたちの福祉」第31・32号、平成9年12月発行. ・「くまもとわたしたちの福祉」第60号、平成24年1月発行. ・『社会福祉研究所所報~社会福祉研究所創立50周年記念号』第45号、平成29年3月発行.