P05 〈一冊の本〉 『アメリカ黒人姉妹の一世紀―家族・差別・時代を語る』 本研究所研究員       西㟢 緑(社会福祉原論) セラ&エリザベス・デレイニィ/A・ヒル・ハース著樋口映美訳 彩流社 2000年 2,000円(税別)  アメリカ社会で黒人であること、さらに女性であることは、どのような意味を持っていたのか。この本の主人公であるセラ(セイディ)とエリザベス(ベシィ)の姉妹がエイミー・ヒル・ハースに語った100年以上にわたる経験は、それを生々しく伝えてくれる。  セイディ(1889–1999)とベシィ(1891–1995)が生まれた19世紀末は、人種隔離が厳しくなり、黒人の権利が次々と剥奪されていった時期である。彼女たちは、その真っ只中、南部のノースキャロライナ州ローリーで幼少期を送った。二人の父親は、アメリカ聖公会初の黒人司教となったヘンリー・B・デレイニィで、セントオーガスティンズ学校(黒人大学)の副校長もしていたので、彼女たちは黒人の中でも比較的恵まれた家庭環境で育ったと言える。それでも南部で黒人として生きることは、白人社会からの差別や暴力から解放されていたわけではなかった。  二人はやがて、第一次大戦後に北部に移住する多数の黒人たちとともにニューヨークにたどり着き、コロンビア大学で学んだ。その後、セイディはニューヨーク市立中学校で黒人初の家庭科教師となり、ベシィは、ニューヨーク州で2番目の黒人歯科・口腔外科医として開業した。彼女たちは、いわゆる「職業婦人」として生涯独身を貫き、同時に公民権運動の初期から人種の平等を求める活動に加わった。  黒人の中の女性差別についてベシィは「カラードの男性のなかにはカラードの女性が運動に関わるべきじゃないって思っている人がいた」と指摘している。しかし彼女にとっては「女であるってことでずいぶん我慢しなくちゃいけなかったけど、カラードだっていうのよりはましだった」と言う。このように人種の平等について、確固たる信念をもってはいたが、ヒル・ハースのインタビューに応えて話す語り口は、皮肉とユーモアがたっぷりで、誰でも楽しく読める。  この本のもう一つの魅力は、翻訳者の樋口映美の詳細な注釈である。アメリカ黒人史の優れた研究者である樋口の解説は、黒人史や公民権運動にあまり知識がない日本の読者にアメリカ史の背景を理解できるように丁寧に書かれている。おそらく、本文の分量よりも、解説のほうが多いのではないか。このように一般読者をおろそかにせず、啓蒙的な翻訳書を出版する樋口の歴史家としての姿勢は、その後も一貫しているので、尊敬せずにはいられない。この20年間あまりの私の研究のお手本となった。