P06 わたしの研究  テーマ 高齢化特性に応じた介護保険事業の効果的な運営のため 本研究所嘱託研究員 金 吾燮(地域福祉・高齢者福祉)  私は、2022年度に社会福祉学部に赴任いたしました金吾燮(キム・オソップ)と申します。主な研究は、地域の高齢化状況から地域特性を特定し、地域特性にふさわしい介護保険事業の運営について提案するものです。介護保険事業の運営については、地域での介護保険サービスの量的確保とサービスの質の確保の在り方について分析をしています。これらの分析結果から介護保険事業の運営への提案は、研究成果の活用性や適用性を向上させるため、全国一律ではなく地域高齢化の特徴を踏まえたうえで行っています。 地域特性-高齢化の地域差  日本の人口構成の推移をみると、首都圏や大阪府などの大都市部の高齢化率は平均20%に留まっているが、秋田県・高知県・島根県等の過疎化が進む地域では、高齢化率が30%を超えており、市町村によっても大きな差が見られます。このような高齢化の地域差は、介護保険制度運用の財政的な問題やサービス事業者及び人材確保など、様々な側面から制度の運用に負の影響を及びます。例えば、高齢化により財政が厳しくなった介護保険者は、介護費用の支出を抑えるために、自前の介護関連事業やサービスを縮小したり、要介護認定率を抑制するなど、財源に合わせた消極的な事業運営に転じる恐れがあります。一方、高齢者人口密度の高い地域(大都市部等)と低い地域(過疎地等)とでは、利用者の確保や訪問・通所の移動時間などに大きく差があるため、民間営利事業者が参入を敬遠する傾向が見られるなど、サービス資源の地域差をより拡大する要因となっています。このように、高齢化の進行状況や高齢者人口密度の地域差は、介護保険者の事業運営及び介護資源の環境に多様な側面から影響を与えています。これは、全国を一律に平均化した視点から介護保険事業の運営方法を論じることは現実的ではないことを意味しています。  私の研究は、上記の高齢化の地域差を踏まえ、高齢化率や高齢者人口密度(可住面積1km²あたりの高齢者人口)を基準に全国を6グループに分け、効果的な介護保険事業の運営方策を検討するため、介護保険サービスの量的・質的確保の在り方について分析しています。 介護保険サービスの量的確保  介護保険事業の課題である「介護保険サービス供給量の確保と財政安定の問題」について、被保険者の負担を計量的に分析し、認定者一人当たりに介護保険サービスを最大限提供できる介護保険事業のあり方に関する研究を行いました。具体的には、被保険者の負担に対し、認定者一人当たりに提供される介護保険サービスの量を効率性と定義し、効率性が高い介護保険サービスの提供体制、そして効率性を向上させる方策に関する実証的研究を行いました。研究方法は、経営の効率性の分析で用いられるDEA(Data Envelopment Analysis)を介護保険事業に応用し、各グループで介護保険者の効率性を測定しました。単に認定者一人当たりの介護保険サービスの利用量が多いだけではなく、認定者が重度の要介護状態になっても住み慣れた地域で生活するためには地域で介護を十分に受けられることが重要であると考え、居宅介護・地域密着型介護保険サービス利用単位数を分析項目の一つに選定しました。このような分析から、効率性を高める介護保険サービスの提供体制及び改善策について各グループに提案を示しました。 介護保険サービスの質的確保  介護保険サービスの量的確保に関する研究では、今後の急増する介護保険サービスの需要を満たすため、介護保険者の特性に応じた介護保険者の介護保険サービス提供量のキャパシティーに関する研究です。しかし、可能な限り住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最期まで続けることができる介護保険事業の体制は、今まで研究した介護保険サービスの提供量だけではなくその質(効果)も問われます。そのため、私の現在の研究では、提供される介護保険サービスの効果(地域で受容可能な要介護度のキャパシティー)を測定し、これまでの研究成果をより発展させることを目指しています。私の研究において地域介護の限界点は、地域の介護資源を利用しながら住み慣れた地域で暮らす要介護者の平均要介護度として定義しています。この地域介護の限界点の算出値は、各介護保険者で施設介護保険サービスを利用せずに居宅介護と地域密着型介護保険サービスを利用している要介護者の平均要介護度から算出します。つまり、地域介護の限界点を算出することで、要介護者が可能な限り住み慣れた地域で人生の最期まで続けられる要介護度水準が算出でき、介護保険者における地域で受容可能な要介護度のキャパシティーが測定できます。この結果を基に、介護保険者の財政状況、介護・医療資源、介護サービスの利用量、利用する介護サービスの種類・量、介護サービスの組み合わせなどの介護サービスの提供体制を比較検討し、要介護者の地域介護の限界点を効果的に向上させる事業運営の要因を明らかにすることが、現在の研究課題です。 今後の研究スタンス  既存研究の事例分析は、介護予防活動・事業や市町村独自事業、地域包括ケアシステムのモデル的な事例等を取り上げた、いわばグッドプラクティス(先進事例)に焦点を当てた優れた研究が多い傾向がある。このような事例の選定の傾向に、介護保険事業状況報告のパネルデータ等の縦断的および横断的な計量分析を基準に事例を選定し、恣意性をコントロールした事例分析の結果を加えることに努めていきたいと思います。