P12 〈一冊の本〉 『占領軍被害の研究』 藤目ゆき著 六花出版  A5判・上製・416ページ 定価 5,600円+税(税込6,160円) ISBN 978-4-86617-157-9 本研究所研究員 春田 吉備彦 (労働法・社会保障法)  本書は、戦後の日本占領下の全国調達庁職員労働組合(全調達)による占領軍による被害者実態調査の資料をもとに、占領期の日本人、朝鮮人等の被害者の実情や苦難を分析したものである。敗戦により、米国を中心とする連合国は、6年8カ月間、日本を占領支配した。その間の占領軍による犯罪の実態や地域住民への不法行為被害は、今に至るまで明確ではない。本書はその闇の部分を解き明かす。  1945年8月15日は終戦の日ではなく、占領被害は戦時と変わらぬ残酷さをもって継続した。全調達が1958年9月付けで実施した全国的な被害実態調査に基づけば、被害者の総数は9352名―内訳は、死亡=3903名、障害=2103名、療養=3346名―である。この数値も、GHQの報道統制や日本政府の隠蔽による氷山の一角の数値である。泣き寝入するしかなかった多くの人命がある。  筆者は、上記の実態調査に基づいて、占領軍被害を「運転」「暴行・傷害・殺人」「労働災害」「日本軍爆弾処理」「軍事演習」「軍機墜落・落下物」に分類して被害実態を解明する。被害は「危険運転」が圧倒的に多く、「暴行・傷害・殺人」「労働災害」が続く。米軍人らはジープ等の軍用車両による無謀運転で人混みに突っ込み、民家に飛び込む等し、面白半分に殺傷したと疑われる事例も多い。奈良で起こった20歳の米軍一等兵が通行中の日本人男性2人を刃物で突然刺して殺害した殺人事件は「日本において初めての米兵に対する死刑判決」と騒がれたが、米国内で助命嘆願が起こり、帰国後、この軍人は短期間で釈放された。占領軍のもとで働いた人々もまた軍人に殺傷され、新たな戦地である朝鮮戦争に駆り出され、死亡者も多数出た。「日本軍爆弾処理」としては各地に隠蔽されていた旧日本軍の弾薬の後始末によって、福岡県田川郡添田町落合の二又トンネル事件でも村丸ごと消滅する悲惨な出来事も起こった。  占領政策の暗部は米軍の隠蔽だけでなく、日本政府もそれに手を貸した。被害者は、時には見舞金程度の補償を受けることがあったが、泣き寝入りし講和条約発効後に賠償金の請求ができるからとの日本政府の説得に沈黙せざる得なかった。しかし、サンフランシスコ講和条約では、日本政府は賠償請求権を放棄する。戦後、被害者の会も作られて裁判も行われたが、一部の被害を除き日本政府の側に立つ司法判断が示された。  日本政府の言い逃れや責任回避の論理は、今日まで続く。爆音被害訴訟によって認められた米軍の公務上不法行為においてさえ、米軍は地位協定上の責任を果たさず、日本政府に肩代わりさせる。かくして、米軍は「米軍無答責の原則」を甘受する。日本に対する軍事的制圧から続く軍事的暴力の実態は、戦後78年間続く。本書を一読すれば、このことが沖縄や神奈川等、米軍基地のある地域だけの問題ではないということがわかる。 発行所 熊本学園大学付属社会福祉研究所     〒862-8680 熊本市中央区大江2-5-1 096-364-5161(代) 発行人 所長 仁科伸子  編集人 社会福祉研究所委員会 印刷所 コロニー印刷 096-353-1291