P06~07 わたしの研究70 テーマ 人と出会い、人とかかわる中で見えたこと 本研究所研究員 (障害学、障害児者福祉論) 橋本眞奈美  私は2024年4月に本学に着任しました。専門は障害学と障害者福祉論です。私は本学Ⅱ部に38歳で入学し、恩師の勧めもあり大学院で修士論文や博士論文に取り組みました。家族が身体障害者手帳を持っているからか、学び始めのころから今まで一貫して障害者問題に向き合ってきました。今回改めて私自身の研究の軌跡を振り返ると、そのスタートラインには本学大学院での大切な出会いがありました。 二つの大きな出会い  博士論文に取り組んでいる最中に、副査をお引き受けいただいていた河野正輝先生の研究室に伺った時の話です。障害者自立支援法(現、障害者総合支援法)における障害程度区分の認定を行政が行う際の、勘案事項を踏まえた裁量権に関する規定について話していたときに、河野先生は「僕は国が障害者に対して障害福祉サービスというお盆の上で暮らしなさいと言っていると思う。このくらいで我慢しなさいとね。」と言われた言葉を覚えています。当時は介護保険制度と障害者自立支援法における居宅生活支援のサービス統合が話題になっていた時期で、勘案事項の中に「介護を行う者の状況」が含まれていることが介護保険制度とは違うと話していたときの一場面です。学び考えていくときに法律を読むことは当然であり、政令や省令を確認していかなければ、法が定める理念と実際の生活の結びつきが不明瞭になることを強く意識するようになった院生の時に聞いた、社会保障法の大家である河野先生の言葉に私は返す言葉を一瞬見いだせなかった記憶があります。行政が定めた法制度を丁寧にとらえていきつつも、国の思惑を考える、同時に障害のある人達の生活から目を離さない。今の私の研究スタイルに通じる大きな経験でした。  また、私自身の研究姿勢を決定づけたもう一つの出会いが原田正純先生です。幸いなことに私は学部、修士課程、博士課程と長きにわたり原田先生の人となりに触れる機会を度々得ることができました。修士課程であったか博士課程であったかは定かではありませんが、ご自身が研究の大半を割いてかかわられていた水俣病の患者の方々について話されていた時の言葉です。「僕はたまたま若いときに彼らの生活の実際を見たんだ、畳に穴が開くくらいの貧しさの中での差別。病気について聞かれたので正直に話した、証言してくれと言われたので証言しただけ。君たちは大学院で学んでいる。その知識を誰のために使うのか考えなさい」。この言葉は20年近く経た今も私の中にしっかりと刻まれています。 フィールドから学ぶ  重度の障害があるために毎日を生きることが仕事といえるような方も介護者を使って地域での自立生活を実現している場面に興味がわき、福岡県の女性宅へ度々通い介助ボランティアをしつつ話を聞くことを続けました。介助サービスは契約システムだから対等性は確保されているという言説の底の浅さを見つめつつ、介助者と被介助者という2者間の関係性に縛られない双方向からの働きかけの中に、ホームヘルパーという枠を超えてくる介助者の行動があり、またそれに呼応するようにエンパワーメントを実現してくる被介助者である彼女の関わり方の変化を目の当たりにした私は、これは活字にして残さねばならないと強く思いました。これが私の研究の出発点でした。  エンパワーメントを実現すると耳にする機会は度々ありますが、エンパワーメントは関係性の変化を呼び込むのであり、エンパワーメントを実現していく人と向き合い、その発信力を受け取る存在が必要になります。私はこのような意識を明確化して広く伝えていくための研究を続けてきました。現在は九州の仲間と一緒に「障害者が運動の担い手になる契機及び他者の権利のために活動する主体形成に関する研究」をテーマとする共同研究に取り組んでいます。 これからの研究テーマ  本学卒業生の数人が当事者メンバーとして発達障害当事者会にかかわっています。堀正嗣先生のゼミ生であった人が中心となり立ち上げた当事者グループで、この当事者会にオブザーバーとして参加するときの私は、当事者ではないが意見を言うわけでもない、必要な時だけ発言するという空気感をまとっています。会の中で参加者たちの話に耳を傾け、相談がある、話を聞いてほしいと言われれば話を聞く。そのような中で一番気がかりなのが、国が推し進めている「就労支援」です。私が参加する発達障害当事者会には4年制大学を卒業して就職したが短期間で離職した経験のある方が何人かおられます。彼らに追い打ちをかけるのが「健康な男は働くのが当たり前だ」という価値観です。辛くて体が動かない事態に陥り職場を辞めても、今度は「世間体が悪くて親に申し訳ない」と話す人の多いことにため息が出ます。見えづらい障害がある人に対して「働かない大人」というレッテルを貼る社会を変えていくには発信力が必要で、当事者からの発言が一番力があると考えています。しかしそれは難しいことが多く、だからこそ研究者は事例の分析を通して問題点を詳らかにして、繰り返し発信し続けていくことが大切であると考えています。また見える障害のある人と見えない障害のある人に対する就労支援では、顕著になる困難に大きな違いがあり、とても気がかりです。  労働人口の減少が著しいなか障害者雇用率の引き上げが近年続き、2024年4月からは各々の部門で0.2%引き上げられました。自立と自律の先に見えてくる経済的自立への要請は、頑張っても就労ができない障害者枠にいる人と、頑張って就労ができた障害者枠に入れた人の分断を生むことに繋がります。だからこそ、これからは障害者就労支援制度にかかわるソーシャルワーカーの専門性を高めるための発信を続けていきたいと考えています。