P08~09 つれづれ時事寸評33 保育ソーシャルワークのこれまでとこれから 本研究所研究員 伊藤 良高 (保育学)  新たな学問・実践としての保育ソーシャルワーク  日本において、保育とソーシャルワークの合成語である「保育ソーシャルワーク」という言葉が、保育界及びソーシャルワーク界並びに保育所等保育施設で意識的、明示的に使われるようになってから、20年以上が経過した。この間、保育ソーシャルワークを専門的に考究する全国学会として、「日本保育ソーシャルワーク学会」(初代会長:伊藤良高)が設立されたり、同学会による保育ソーシャルワークの専門職としての「保育ソーシャルワーカー」の養成が開始されたりするなどしている。また、保育ソーシャルワークを単独項目として掲載する辞典や保育ソーシャルワークを題目とした博士学位の取得者、保育ソーシャルワークを講じる大学院・大学、保育ソーシャルワーカーを独自に採用する自治体や保育施設などが誕生している。今や、保育ソーシャルワークは、保育、教育、子ども家庭福祉にとって欠かせないものとして、社会公共的に認知されるまでに至っている。 保育ソーシャルワーク論の台頭  保育界等にあって、保育ソーシャルワークとは何かを問う取組は、2000年前後から精力的になされてきた。その背景にあるものは、1990年代後半からの国・自治体による各種子育て支援施策の展開や、児童福祉法改正による保育士・保育所の子育て支援における役割の明記であるが、そこでは、保護者支援や子育て支援をキーワードに、保育所の保育士を中心とするソーシャルワーク支援を論じるという傾向が見られた。たとえば、早い時期から保育ソーシャルワーク論を展開してきた石井哲夫は、保育ソーシャルワークについて、「子どもの属している生活空間や時間的な進行過程を望見し、アセスメントを行い、広い視野に立つ生活と発達の援助を行うこと」1)であると述べ、近年における児童虐待の増加等に対する予防的対応として、保育所がセーフティネットの最前線にあるべきであると主張した。2000年代後半になると、従来の保育の専門性を基盤としつつ、子ども、保護者、地域へ向けた支援を行い、保育所のみでは解決が困難なケースについては、ネットワークを通して地域の社会資源との連携を通じて支援にあたるという見解が見られた。このように、保育及び子育て支援におけるソーシャルワークの必要性を根拠に、保育ソーシャルワークの理論的枠組について、様々な観点から多様な議論が精力的に展開され始めた。 保育ソーシャルワーク論の展開  2010年代に入って、伊藤良高ほかは、石井哲夫、今堀美樹、土田美世子、鶴宏史らの先行研究に学びながら、保育ソーシャルワークの理論と実践について、保育、教育、社会福祉の視点からトータルに把握することの大切さを唱えた。すなわち、伊藤は、「これまで蓄積されてきたソーシャルワーク論の保育への単なる適用ではなく、保育の原理や固有性を踏まえた独自の理論、実践として考究されていくことが望ましい」2)と述べ、新たな支援の枠組として保育ソーシャルワーク論を構築するというスタンスを提起した。独創性のある保育ソーシャルワーク論を模索していく動きのなかで、日本保育ソーシャルワーク学会は、その設立記念出版である『保育ソーシャルワークの世界―理論と実践―』(2014年)で、保育ソーシャルワークと価値・倫理、保育制度・経営、リスクマネジメント、子育て支援、保育者と家庭・地域との連携、面接技術、保育実践、障がいのある子どもの支援、保育スーパービジョン、保育者養成、子どもの貧困、保育カウンセリングなど、それぞれにおける現況と課題を明らかにした。その後も、同学会編『保育ソーシャルワーク学研究叢書』(2018年)及び『保育ソーシャルワーク学研究』における研究論文など数多くの学問的成果が蓄積されつつあり、保育ソーシャルワークに関する専門書やテキストが多数公刊されてきている。 保育ソーシャルワークをめぐる課題と展望  保育ソーシャルワークをめぐる課題と展望について、①学としての保育ソーシャルワーク、②保育学・ソーシャルワーク論における保育ソーシャルワーク、③保育ソーシャルワークの展望、の3点から論じておきたい。①については、学としての保育ソーシャルワークを目指して、その理念と構造についてより考究していくことが求められるということである。保育ソーシャルワークの理論的、実践的な基礎となるものは何か、その固有性や独自性はいかなるものであるかなどについて明確にしていくことが求められる。②については、保育学、ソーシャルワーク論の双方から、保育の本旨に適うソーシャルワークの理論と実践を創造、構築していくということである。保育の専門性を踏まえた「保育ソーシャルワーク実践」を意図的・意識的に展開していくことが重要である。そして、③については、2024年度に施行されたこども家庭庁所管の認定資格「こども家庭ソーシャルワーカー」をめぐる動静を見守りながら、保育所等保育施設及び地域社会において、保育ソーシャルワーカーを核とする保育ソーシャルワークをシステムとしてどう発展させていくかが今後のテーマとなっている。保育ソーシャルワークの今後に期されるものはきわめて大きいと言わねばならない。 注 1)石井哲夫「私説 保育ソーシャルワーク論」『白梅学園短期大学 教育・福祉研究センター研究年報』第7号、1頁、2002年。 2)伊藤良高「保育ソーシャルワークの基礎理論」伊藤良高ほか編『保育ソーシャルワークのフロンティア』晃洋書房、13頁、2011年。 *なお、詳細については、伊藤良高・出川聖尚子編著『新時代の子ども家庭福祉―理論と実践―』(晃洋書房、2026年4月発行予定)所収の拙稿「保育ソーシャルワークの意義と展望」を参照されたい。