P10~11 福祉見てある記70 テーマ 保育所のない島での保育・子育て―長崎県二次離島・久賀島を訪問して 本研究所嘱託研究員 宮里 六郎1(保育学) 註1:熊本学園大学名誉教授 1.はじめに―島に保育所がないので船で通園する子ども  私は1955年に鹿児島県種子島で生まれました。人口約2万7千人(2023年)の種子島には保育所や子ども園等複数の保育施設があります。ところが2024年に五島列島の福江島を訪れた際、二次離島・久賀島の畑田さん親子と出会い、保育所がないので船で20分かけて福江島の保育所へ通園していたという話を聞き、大きな衝撃を受けました。この経験をきっかけに、保育所がない、あるいは一つしかない二次離島の子育てに関心を深め、2025年5月に久賀島を再訪しました。  離島の定義や分類は多様ですが、本稿では本土から直接アクセスできる島を「一次離島」、他の離島を経由してのみ行ける島を「二次離島」とします。二次離島は人口が少なく、保育や教育など生活インフラが不足しやすい点が特徴です。 2.久賀島の概要と保育をめぐる状況  久賀島は福江島から船で約20分、人口は255人(2023年)です。児童数12名の久賀小中学校がありますが、大半は「しま留学」での転入児です。島にはかつて久賀島へき地保育所(定員30名)がありましたが、乳幼児がいなくなり2015年に廃止されました。廃園になった保育所に行って見ると廃墟のようで一抹の哀れさを感じました。  その後、久賀島では乳幼児が増え、2021年に地域住民が再開を陳情しました。2024年の五島市議会でも0?5歳児が計9名に増えたことから保育所再開が提案されました。しかし、市は保育士確保の難しさ、事業者選定、施設整備費、さらに「複数世帯の入所児が3年間継続すること」を条件としたため、再開は見送られています。小規模保育所など地域型保育の可能性もありますが、十分な検討がなされているとは言えない状況。 3.2025年度の通園状況と課題  2025年度、久賀島の乳幼児6名は福江島の三つの保育所(文化保育園・善教寺保育園・双葉幼稚園)へ分散して通園しています。送迎は五島市委託のファミリー・サポートセンターが担い、船内での見守りと福江港から園への送迎を行っています。市から補助がありますが、ゼロ歳児への対応には職員が不足するなどの問題もあり、保護者会から改善要望が出されています。  受け入れ保育所側も、保護者と直接顔を合わせる機会がないため、送迎担当者の変更連絡や船便の欠航時対応、発熱時の病院受診など、細やかな配慮が求められています。また、久賀島の子どもは限られた人間関係の中で育つため、多人数の場で戸惑うこともありますが、一方で島への強い愛着を語る姿は印象的とのことでした。 4.離島における保育支援のゆらぎと多様な価値観  久賀島で保育施設を求める声の背景には、人口減少下でも地域を存続させたいという願いがあります。しかし一方で、福江島の保育所のほうが社会性や生活技術を身につけやすいと考え、あえて島外へ通園させたい家庭もあります。離島に保育施設を置くべきか、通園支援を整えるべきか簡単に答えが出ない問題です。  全国の離島でも同様の状況があります。大分県深島では親が付き添って船で通園しているため負担が大きく、広島県佐木島では住民の九割の署名で保育施設設置を求めつつ、地域の高齢者と協働した子育てサークルも始まっています。沖縄県渡名喜島では保育所を整備したものの保育士が集まらず、6年経っても開園できない状況があります。全国一律の制度では小規模離島の現実に対応しきれない例と言えます。 5.おわりに―小さい、少ない、そして隅っこでも、子どもが育つ社会を!  離島の子育てを考えるとき、かつて保育所が少なかった昭和期に地域全体で子育てを支えていた「社会的子育て」を思い起こします。離島には今も人々が互いに助け合う風土が残り、社会的子育ての可能性は決して失われていません。  1960?70年代の共同保育所運動は、地域の親たちが協働し「みんなで子どもを育てる」実践を生み出しました。二次離島の現実は、その精神を再評価し、現代に合った形で応用する必要性を私たちに示しているように思います。小さく、少なく、そして社会の隅っこに置かれがちな離島(地域)でも、子どもをみんなで育てる仕組みを再び構築することが求められているのです。  最後に、聞き取りにご協力いただいた、久賀島の畑田さん親子、穎川駿介さん、文化保育園又野園長さんに感謝いたします。 廃園になった久賀島へき地保育所 あちこち九州「五島列島基礎知識」より 畑田さん親子