P12 〈一冊の本〉 「人を動かす」 デール・カーネギー・トレーニング 本研究所研究員 荒井 久仁子 (健康科学)  この執筆依頼をいただいてから、自分が良いと思う本をいくつか手に取ってみたが、最終的に選んだのはデール・カーネギーの『人を動かす』である。なぜこの本なのか。それは、これまでの人生で二人の方から同じ本を贈られ、立場や環境が変わるたびに読み返し、新たな気づきと心に響く言葉を見つけてきたからだ。贈ってくださった二人もまた、自分の心に響いた言葉を私に伝えたかったのだろうと思う。  初めてこの本を手にしたのは、前職で後輩から「一緒に学ぶ記念に」と贈られた時だった。当時は大学院で運動心理学を学びながら、仕事と研究の両立に励んでいた。どのようにすれば人が運動を継続できるのかを理論的に探究していたが、この本を読んだとき、「理論が生まれるずっと前から、実践を通じて人を動かす原理を見抜いていた人がいた」という驚きと感動を覚えた。中でも、「人を動かす秘訣はこの世にただ一つ、自ら動きたくなる気持ちを起こさせること」という一文が強く印象に残っている。これは、まさにDeciとRyanの自己決定理論における“内発的動機づけ”と重なる。カーネギーが紹介するシュワッブの「人の長所を伸ばすには、ほめること、励ますことが何よりの方法だ」という言葉には、自律性・有能感・関係性という三つの基本的欲求を満たすヒントが詰まっていると感じた。  二度目にこの本をいただいたのは、私が主任に昇任したとき、上司からだった。部下を育てる立場となり、どうすれば自ら動く職員を育てられるか悩んでいた時期である。その際に心に残った言葉は「命令をせず、意見を求める」と「期待をかける」だった。言い方ひとつで相手の受け止め方が変わり、創造性や自主性を引き出すことができる。まさに対人支援の基本だと感じた。  そして今、教員として再び本を開いたとき、特に心に響いたのは「盗人にも五分の理を認める」という言葉だった。強い表現ではあるが、「どんな行動にも、その人なりの理由がある」という意味に受けとめている。学生もまた自分の経験や価値観の中で一生懸命考えながら動いている。自分の価値観を押し付けるのではなく、相手の話をしっかり聴き、誠実な関心を寄せること。学生と共に学び、成長していくために、この姿勢を忘れずにいたいと思う。 発行所 熊本学園大学付属社会福祉研究所     〒862-8680 熊本市中央区大江2-5-1 096-364-5161(代) 発行人 所長 仁科伸子  編集人 社会福祉研究所委員会 印刷所 コロニー印刷 096-353-1291