P02~05 市民のための環境監視から環境安全へ 本研究所研究員 中地 重晴 (環境マネジメント論・環境化学) 1.はじめに  「若月賞」(主催:農村保健振興基金)は、長野県の佐久総合病院で長年にわたり地域医療に従事し、地域医療、農村医学や公衆衛生の発展に多大な功績を残した医師・若月俊一氏を記念し、1992年に創設されました。保健・医療・福祉の分野で顕著な業績をあげた個人に贈られるもので、中地が、2025年7月18日第33回「若月賞」を受賞しました。熊本県下では、菊池養生園診療所の竹熊宜孝先生、故原田正純先生、藤野糺先生が受賞されています。  授賞式の後、「市民のための環境監視から環境安全へ」というテーマで受賞講演を行いました。受賞講演の概要を紹介します。 2.化学物質に囲まれた私たちの生活  私は現代社会の特徴として、化学物質に囲まれて暮らしていると考えています。それは、死亡原因の変化で説明できると考えています。  江戸時代、日本人の伝統的な死亡原因は、脳卒中でした。世界的に人気の和食は、魚と野菜中心の食事で、低カロリー、ヘルシーなのが理由です。冷蔵庫のない時代、塩漬け等の保存食が発達しました。そのため、塩分の摂取過多で、基礎疾患として、高血圧があり、高齢者で、冬に血圧が上昇し、脳卒中で亡くなる方が多く、明治の終わり頃までは脳卒中が死亡原因のトップでした。  明治の半ば頃から、日本の近代化のため、繊維産業が盛んになり、農村部から集められた十代の若い女性労働者が、十分な栄養を与えられず、長時間働かされました。その結果、感染症の結核がまん延しました。男性も学校や軍隊で集団生活しており、若年者を中心に、結核が大流行、大正期から第二次世界大戦後すぐまで、日本人の死亡原因のトップは結核でした。結核は、戦後、特効薬のストレプトマイシンやワクチンが開発され、胸部レントゲン撮影による早期発見が行われ、結核での死亡は激減しました。  一方、高度経済成長とともに、政府の方針で、日本人の食生活は魚から肉食中心の生活に変化しました。1970年代からフライドチキンやハンバーガーチェーンなどファーストフード店が米国から進出し、日本の食文化は大きく変貌しました。戦後すぐ、結核から伝統的な脳卒中が死亡原因のトップに返り咲きましたが、1981年を境に、日本人の死亡原因は悪性新生物(がん)がトップになり、右肩上がりに増え続けています。  がんの原因は外因性、食事や呼吸等から発がん物質(有害化学物質)を摂取することで、発症します。現在、日本人の二人に一人が、がんにり患し、3人に一人ががんで亡くなる時代になりました。死亡原因の2番目は心筋梗塞や心不全などの心疾患で、肉食中心の欧米並みの食生活に変化したためだと考えられています。  がん死の増加には、喫煙、アスベストによる悪性中皮腫の増加や、職業要因等、いろんなところで有害化学物質に、触れることを忘れてはいけません。  現在、工業及び農業で使用される化学物質は世界で約10万物質、日本では、5、6万物質が使用されていると言われています。年間50kg以上、国内で生産、輸入され、化学物質審査規制法の対象となる化学物質は約3万種類にのぼります。  安全性の分かっている化学物質だけを使用して、私たちは暮らしているとはいいがたいのが現状です。健康で、安全に暮らしていくには、日常的に使用する化学物質の有害性を把握し、有害なものは使用しないという予防原則や、より安全なものに切り替える代替原則を適用しなければいけないと考えています。 3.環境監視研究所で、取り組んだこと  私は、1988年3月に環境監視研究所を設立し、2011年3月末まで、活動していました。当初は、中南元先生と中地の2人で、日本で一番小さな研究所と自称していましたが、環境汚染について、市民が安心して依頼できるラボ(分析室)をめざしました。高価な分析機器(ICP-MSやGC-MS、LC-MS/MSなど)はなく、手分析に近い形で、水質や土壌汚染、廃棄物の成分分析をしていました。  主な仕事としては、ゴルフ場排水による農薬や有機物による環境汚染、廃棄物最終処分場の環境汚染、産業廃棄物不法投棄による環境汚染、琵琶湖・淀川水系の水質調査、チェルノブイリ原発事故による輸入食品の放射能測定、内分泌かく乱化学物質(環境ホルモン)による水系汚染、阪神大震災の2次被害としてのアスベスト飛散調査などです。  また、水俣学の考え方に近いのですが、生活協同組合の組合員や市民の方々と協働して調査研究を実施しました。淀川水系の水質を調べる会、被災地のアスベスト対策を考えるネットワーク、たべものの放射能をはかる会、有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)などを立ち上げ、活動しました。  また、設立当初から、市民向けに情報提供する会報「環境監視」を隔月刊で発行し、120号まで発行しました。さらに、市民向けに起きている問題の解説、説明-理解のための支援、環境教育を行なうために、公開講座や調査の報告会などを開催しました。  研究所の活動は、起きている環境問題の実態把握、原因究明、科学的データの提供にありましたが、いつのころからか、市民、医師、弁護士、マスコミ関係者からの質問や相談に応じることが多くなりました。産業廃棄物最終処分場や不法投棄の問題は、廃棄物の性状や排水などの環境調査だけではなく、裁判や公害調停への協力が求められ、意見書を作成したり、弁護団の一員や、専門家として、対策協議会の委員として参加することが求められました。  香川県豊島の有害産業廃棄物不法投棄事件では、弁護団長の故中坊公平さん(元日本弁護士連合会会長)の依頼で、1994年10月から、弁護人の補助者として、弁護団に加わりました。2000年6月の公害調停の最終合意の後も、廃棄物の島外撤去、無害化処理の完了、地下水浄化など、香川県が不法投棄地の原状回復するのを、住民とともに見守る活動を続けています。また、大阪府能勢町の豊能郡環境施設組合の一般廃棄物焼却炉のダイオキシン類汚染問題では、ダイオキシン対策協議会の副委員長として、2000年8月から関わり、現在も豊能郡美化センター周辺地域安全化対策検討委員会の委員長を務めています。  それらの活動が認められて、2002年4月には、環境監視研究所として朝日新聞社第3回「明日への環境賞」、2004年6月には、淀川水系の水質を調べる会として第6回日本水大賞「厚生労働大臣賞」を受賞しました。  2010年4月に、私が熊本学園大学に赴任したことをきっかけに、2011年3月末で環境監視研究所の分析活動を休止しましたが、相談業務は続けています。 4.熊本学園大学赴任後に、取り組んだこと  2010年4月に、熊本学園大学社会福祉学部福祉環境学科の教授に就任しました。引退された原田正純先生と入れ替わりで、着任しました。水俣学研究センターの一員として、水俣市周辺の水銀による環境汚染調査や、水銀に関する水俣条約の課題についての研究、東南アジアで最大のタイのマプタプット工業団地と住民との共存に関する調査研究、カナダ先住民の水俣病に関する調査などに従事してきました。  一方、市民と協働した調査研究、市民活動も続けています。2011年3月11日に発生した東日本大震災においては、東京労働安全衛生センターや中皮腫・じん肺・アスベストセンターの人たちと一緒に、被災地のアスベスト飛散とリスクコミュニケーションに関する調査研究活動を続けています。また、福島第一原発事故による放射能汚染に関しては、環境監視研究所で、チェルノブイリ原発事故後の輸入食品の放射能汚染を測定していた放射能測定機器を、東京の有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)の事務所に移設し、市民から依頼された食品や環境試料の放射能測定を実施しました。その関連で、一時期、双葉町のアドバイザーとして、活動していました。  災害の二次被害としてのアスベスト飛散問題に関しては、西日本豪雨の被災地岡山県倉敷市真備町や令和6年能登半島地震の被災地域の調査を継続しています。昨年(2025)は、阪神・淡路大震災から30年ということで、阪神大震災の教訓を継承するための活動(災害とアスベスト-阪神淡路30年プロジェクト)にも参加しました。  2002年4月に設立した有害化学物質削減ネットワーク(Tウォッチ)では、理事長を務め、PRTR(環境汚染物質排出移動登録)制度で、公表されたPRTRデータの有効活用、普及啓発活動を続けています。市民、事業者、自治体関係者とのリスクコミュニケーションを図る活動を続け、環境省の「化学物質と環境に関する政策対話」に、市民セクターの代表として、参加しています。  2006年に合意されたSAICM(国際化学物質管理に関する戦略的アプローチ)の世界行動計画の進捗を管理するICCM(国際化学物質管理会議)には3回、2009年、2012年、2015年に参加しています。IPEN(国際環境汚染物質廃絶ネットワーク)に加盟して、国際交流に努めてきました。  2021年7月には、ダイオキシン・環境ホルモン対策国民会議の依頼で、東京多摩地域の住民のPFAS(有機フッ素化合物)汚染を明らかにするバイオモニタリング・血液検査を実施しました。PFASの問題は、全国各地で汚染が判明し、住民の方からの相談に対応しています。PFAS対策特別措置法を制定して、環境基準の設定や、汚染対策の強化を提案しています。  2023年4月には、生協や市民運動の方々による有害化学物質から子どもを守るネットワーク(子どもケミネット)の結成に参加し、副代表世話人に就任し、おもちゃに含まれる内分泌かく乱化学物質調査を実施しました。一昨年末に韓国釜山で開催された国連プラスチック条約INC5(第5回政府間交渉委員会)と、昨年8月スイスジュネーブで開催されたINC5.2にオブザーバーとして参加しました。  また、労働安全衛生分野では、ベトナムに毎年のように訪問しています。ILO(国際労働機関)が進めているPAOT(自主対応型労働安全衛生教育プログラム)を普及する活動に関わり、カント市では、WIND農民向けや、WISE中小企業の労働者向けの教育プログラムや、GREEN学生向けの環境教育プログラム、一昨年はバンメトート市のコーヒー農家向けのコーヒーWINDという教育プログラムに参加しました。  こうした活動を振り返ってみると、「当初は環境監視という観点から、有害化学物質問題に取り組み始め、現在では、環境安全を求める活動に発展してきた」とまとめられます。これからも、市民のための環境安全を求める調査研究活動を続けていきたいと考えています。