P08~09 つれづれ時事寸評35 若年者のメンタルヘルスと社会福祉の役割 本研究所研究員 城野 匡 (精神医学) はじめに:統計から見える若年者の危機  毎年、春先と夏の終わりに講義の準備のため、精神保健に関する種々の前年度の行政統計・報告に目を通している。人口動態、精神疾患患者数、自殺、虐待相談、不登校、いじめ、インターネット使用などの動向を確認し、メンタルヘルスに関連した問題の推移を追っている。毎年、メンタルヘルスに関連した問題は増加傾向にあったが、本年公表された2024年(令和6年)の統計では、特に注目すべき結果があった。若年女性の自殺者数が男性を上回るという事態である。これまで、自殺者は、全年代を通じて男性の自殺者が女性に比較して多く、全数としては若干減少傾向にあり、若年層の自殺者・自殺死亡率が増加しているという傾向がみられていた。2024年の統計では、20歳未満において女性の自殺者数(288名)が男性(239名)を上回っていた。新型コロナウイルス感染症の流行期に若者のメンタルヘルスへの影響が懸念され、中でも若年女性のメンタルヘルスの課題が指摘されていたが、その傾向が持続しているようである。 世界的な課題としての若年者のメンタルヘルス  2024年、世界的に権威のある医学雑誌Lancetの精神医学専門誌であるLancet Psychiatryにおいて、若者のメンタルヘルス委員会から精神保健の課題に関する政策提言書(policy brief)が発表された(McGorry et al., 2024)。それによると世界各国で20年前と比較して若年者のメンタルヘルスの悪化がみられ、これが深刻化する社会問題や世界の状況に対しての早期警報となっているのではないかとしていた。そして、気候変動による生存への脅威の増大、規制されていない有害なソーシャルメディア、社会の結束力の低下、そして不安定な雇用、手頃な価格の住宅へのアクセスの減少、世代間の不平等の急速な拡大、政治的見解の二極化に反映される社会経済的不安定さが相まって、若者にとって暗い現在と未来を生み出していると指摘していた。  これまでにも青少年の精神保健への社会的な影響について言われてはいたが、気候変動とソーシャルメディアの影響も無視できない社会的な要因となってきている。気候変動による生存への脅威の増大は「エコ不安」(地球環境の危機的状況に対する慢性的な強い恐怖心であり、不安感、喪失感、無力感、悲しみ、怒り、絶望感、罪悪感などの心理的ストレスを抱き、そのストレスが日常生活や活動に悪影響を及ぼす状態)とも呼ばれることがある。16歳から25歳の若者を対象とした10カ国での調査(Hickman et al., 2021)では、全ての国の若者にエコ不安を持つ傾向が見られ、さらに政府から受ける安心感と失望感を比較すると、失望感の方が大きいと答える割合が高いと報告している。将来を生きる世代としての若年者は、環境問題や社会の持続可能性に対する不安を強く抱え、この不安が精神的負担となっているようである。  ソーシャルメディアの問題については、特に女性への影響が指摘されるようになってきている。Twenge et al.(2018)らは、米国の13歳から18歳の青少年を対象とした全国統計を用い、女子の抑うつがスクリーンタイムと相関し、抑うつおよび希死念慮に影響するものとしてデジタルデバイスの使用、テレビの視聴があることを報告している。さらに、抑うつおよび希死念慮に逆相関するもの、つまりメンタルヘルスに良い影響を与える要因として、地域活動への参加、運動、本や紙媒体を読むこと、対面での対人交流、宿題をすることを挙げていた。これを見ると、スクリーンタイムを減らし、デジタル空間ではなく現実での活動がメンタルヘルスの改善に良い影響をもたらすことが示唆される。この報告を基に子どもの精神保健相談において保護者に現実での活動を増やすことを助言しているが、仕事や家事に割かれる時間と経済面での余裕の無さから、現実の活動を促すと言ってもなかなかできないと保護者から訴えられることもある。保護者の置かれた社会経済的な状況も、青少年の精神保健の問題に影響しているのかもしれない。 マクロ的視点の必要性と社会福祉の役割  生涯的に影響を及ぼす精神疾患の多くが若年期に発症することから、この時期のメンタルヘルス対策は重要であるとされてきたが、マクロ的な視点でのメンタルヘルス対策も考慮していく必要がありそうである。私自身は児童思春期・若者への支援や相談にあたっては、目の前の対応や、その場の困難を乗り越えることでの成長を促すミクロレベル(個人)の要因への支援や関わりに目が行きがちになりやすい。ただ、背景に世界的に共通した傾向が見られることを踏まえると、相談機関を増やすなどの対応の充実を図るだけでなく、世界的な環境にはたらきかける視点も意識していかなければ、なかなか解決は難しいように思う。貧困、格差、孤立、過度な競争、価値観の多様化と相対化、将来への不安など、若年者を取り巻く社会環境そのものが精神的負担を生み出しているとすれば、社会福祉はこうした構造的問題に対して、制度改革や政策提言を通じてアプローチする役割を担っている。  これから微力ながらできることとして、教育の場で若者のメンタルヘルスの現状を伝え、社会福祉の課題としてこの問題をマクロ的にも一緒に考えていく機会を作っていければと思う。 ? References McGorry, Patrick D., et al. "The Lancet Psychiatry Commission on youth mental health." The Lancet Psychiatry 11.9 (2024): 731-774. Hickman, Caroline, et al. "Climate anxiety in children and young people and their beliefs about government responses to climate change: a global survey." The Lancet Planetary Health 5.12 (2021): e863-e873. Twenge, Jean M., et al. "Increases in depressive symptoms, suicide-related outcomes, and suicide rates among US adolescents after 2010 and links to increased new media screen time." Clinical psychological science 6.1 (2018): 3-17.