P06~07 わたしの研究73 テーマ 版画解説・私の制作 本研究所研究員 小野 修平 (芸術実践論・子ども学) はじめに  私の研究における専門分野は「版画」です。普段執筆している論文は分析や考察を伴う性質上、とても堅苦しい文章ばかりですが、こうしたコーナーでは、すこし親しみやすい文章で、版画について紹介してみたいと思います。 版画の身近さ  みなさんは「版画」というと何を思い浮かべるでしょうか。学生たちに尋ねると、木版画を挙げる人が多い印象ですが、日本の学校教育の影響もあるのかもしれません。学校教育で取り扱う木版画は、一般的に彫刻刀でベニヤ等の版木をザクザクと彫っていくものが多いでしょう。彫られた部分はくぼみとなり、インクを乗せて紙に写し取った際に、紙の白地のまま白となって現れます。この白い部分は、版木の表面では凹部分となっているため、版木の表面にインクをのせても影響を受けないという仕組みです。ということは、版木の彫っていない部分が凸部分ということになります。こうした凸部分にインクがついて、凹部分には付かない版画を、一般的に凸版画と呼んでいます。大人となった今でも日々お世話になっているのは、印鑑でしょうか。ちなみに保育・幼児教育では、野菜やトイレットペーパーの芯など、身近な素材のスタンプ遊びが凸版画に該当します。最も原始的なあそびのひとつは手形を写し取ることです。造形教育の分野では、自分の跡を残すこと=人間の根源的欲求として紹介されています。  さて、私の幼少期の記憶で、特に楽しかった版画の思い出は、プリントゴッコでした。1990年代は年賀状文化も最盛期で、年末になると家族総出で印刷に励みました。手元にある前の年のインクを引っ張り出し、足りない色や新しく欲しい色を求めて、本屋にずらりと並んだインクの中から厳選して買ってもらったことをよく思い出します。プリントゴッコのしくみは、版の中でインクが通る部分と通らない部分をつくる、という点がポイントになります。網戸のようなメッシュをイメージしてください。メッシュを置き、上からインクを落とすと、当然メッシュを通り抜けて、下にインクが落ちます。例えばこのメッシュ一面に、小さな星形の型がたくさんくっついていたとしたら、インクは星形の部分のみせき止められて、メッシュを通り抜けることになります。この星形がくっついたメッシュを、紙の上に置いてインクを落とすと、この部分だけ紙にインクが付かないので、星形が紙の白地となって現れます。こうした版画は一般的に孔版画と呼ばれます。専門用語ではシルクスクリーンや、スクリーンプリントと呼ばれ、現代においてもTシャツなどのプリント技術をはじめとして、広く親しまれています。保育・幼児教育では、ステンシルと呼ばれ、型紙を使ってローラーを転がしたり、歯ブラシについた絵の具を飛ばしたりして、型を写し取ることを楽しみます。  このほかにも、版画には凹版画と平版画があり、先に紹介した凸版画と孔版画をあわせて、4版種に分類することが基本となっています。ここに現代ではデジタルプリントも登場し、単なる印刷技術にとどまらない版による表現として、私たちの生活を彩っています。 銅版画について  さて、中でも私が専門としているのが凹版画です。素材として銅の板を使用するため、一般的に銅版画と呼ばれています。先ほど紹介した凸版画とは真逆で、銅を溶かしたり削ったり、様々な手段で作ったくぼみ=凹部分に、インクを詰め込んでいくことになります。凹部分にインクを詰め込む工程で、凸部分にもたくさんのインクが付着するので、この部分は最後に丁寧に拭き取ります。こうして凹部分に詰め込んだインクは、ただ紙を乗せただけではなかなか写し取れませんので、プレス機と呼ばれる道具を使って、非常に強い圧力で、湿らせた紙に印刷します。湿った紙はとても柔らかいので、銅のような固い素材でも、くぼんだ凹部分にめり込んで、インクに到達するという仕組みです。せっかくなので、私の作品を一つ紹介させていただきます。この作品は2015年に制作したもので、当時開催されたセミナリヨ現代版画展に出品し、長崎県知事賞を頂きました。大きな公募展で受賞できたことを、当時はとてもうれしく思いました。私は銅版画の中でも多版多色刷りという技法を研究していて、この作品も3つの色を3つの版で刷り重ねて、様々な色彩を表現しています。 終わりに  最後に、浜田知明先生について少し記させて頂きたいと思います。言わずもがな、日本を代表する美術家を語る際に、浜田知明先生は必ず挙げられます。戦後の日本美術が世界で認められた分野のひとつに版画がありました。浜田先生は1956年のルガノ国際版画ビエンナーレで受賞され、日本の版画の表現力の高さを世界に伝えられたことも、美術史上の大きな出来事の一つです。こうした浜田先生が、約20年務められた場所が熊本短期大学(現:熊本学園大学)です。学生のみなさんには、ぜひ本館入口の先生の作品を、じっくり鑑賞してみてほしいと思います。また、熊本県立美術館には、浜田先生の常設ルームが設置されています。ぜひ足を運んでみてください。 「彼岸秘行の夜」2015 600mm×900mm