2016年度
I 調査研究プロジェクト
◎2016年度は、戦略的研究基盤形成支援事業第Ⅱ期の2年度にあたり、当初の計画を踏まえて調査研究事業を進めた。同時に、水俣学科研(研究代表:花田昌宣、基盤研究(B))、タイ・ミャンマーの公害研究科研(研究代表:宮北隆志、基盤研究(B))、胎児性水俣病の福祉科研(研究代表:田尻雅美、基盤研究(C))、漁業と水俣病研究科研(研究代表:井上ゆかり、基盤研究(C))などの研究計画とタイアップしながら、研究調査事業を遂行した。
◎しかし、2016年4月に発生した熊本地震の影響で、本学やセンターのみならず研究員も被災しながら本学14号館で避難所を2016年5月28日まで運営したこと、水俣学研究センター所蔵資料の復旧作業に多大なる時間を要したことから、十分な調査研究の時間がとれず、各研究課題で当初予定していた研究計画の若干の遅れが生じた。これは研究計画を見直したうえで次年度に実施する予定である。
第1プロジェクト
◎戦略的研究基盤形成支援事業のうち第一班「水俣病被害の多面性に着目した問題解決のための包括的研究」の計画に基づき、研究事業を継続した。
◎具体的には、下記の通りの事業を実施した。
【朝日新聞との水俣病公式確認60年アンケート調査】
2016年2月から3月にかけて、熊本学園大学水俣学研究センターは朝日新聞社と協力して、水俣病公式確認60年アンケートを水俣病被害者に対して水俣病被害者団体の協力を得ておこなった。
◎目的は、水俣病の被害を受けた人々の、被害経験及びその認識を把握し、水俣病に係る現在の課題および将来に求められているものを把握することを通して、水俣病公式確認後60年を経過した今日の現状と課題を明確にしようというものであった。
◎この調査には被害者団体、14団体に協力を依頼し、うち8団体が協力、団体として機能しておらず会長が個人的に協力していただいた団体もある。調査はアンケート用紙による自記式調査であった。調査票の配布及び回収は郵便でおこない、一部手渡しもあるがそれはごく少ない。アンケート配布総数は8936通、回収数は2619通で回収率29.3%であった。
◎水俣病に関してはこれまでも住民を対象としたアンケート調査はなされているが、被害者を対象とした調査は今回の調査が初めてである。
◎アンケート実施後、単純入力作業がほぼ終わり、データ入力の校正や集計作業に入ったばかりの4月14-16日に熊本地震に見舞われ、水俣学研究センターも含め熊本学園大学全体も被災したため、集計・分析作業は一旦休止した。秋頃から再開し研究会を実施したが、クロス集計や統計処理を中心とした分析作業はなお継続中である。
【水俣病発生公式確認60年記念シンポジウムの開催】
◎先述したように熊本地震の影響で開催時期をずらして、カナダ・オンタリオ州の2つの先住民居留地からカナダ水俣病の被害者を招聘し、熊本市と水俣市、東京都でシンポジウムを2017年2月にそれぞれ開催した。このシンポジウムは、プロジェクト1の水俣病を社会的なものとして位置づけ医学的な学問から解き放ち、社会環境のなかに再定置し、あらためて終わることのできないカナダ水俣病と熊本水俣病の被害実態を明らかにすることを目的として開催した。この取り組みにより、海外とのネットワーク形成、海外での公害発生地域への貢献がより深まった。この取り組みにより、水俣病公式確認60年という節目に、水俣学プロジェクトとして2002年から継続しているカナダ先住民の水俣病調査の報告と先住民を招聘し、被害者同士のネットワーク形成を深いものとした。
【地域における被害調査】
◎患者聞き取りに関しては、研究員並びに水俣の客員研究員により継続的に実施されており、記録を積み重ねていった。さらに健康・医療・福祉相談事業を通した調査の遂行および胎児性水俣病に関する臨床的調査及び文献資料等の調査研究をすすめた。これまでのモノグラフィックな研究成果の研究会を重ねて突き合せ総合的に取りまとめ、被害の実態調査を継続した。
◎これらを通して、社会的にも、医学的にも、さらに法制度の面からも、多様な水俣病が浮かび上がってくることが予想され、被害の実態に即した補償・救済のあり方が明らかにされる。
◎これらの成果の一部は、花田、宮北、中地、田㞍研究員がタイ王国チュラロンコン大学で開催したシンポジウムMinamata@60: Learning from Industrial Disaster towards Sustainable Society and Environment”において発表した。
【不知火海沿岸漁民聞き取りとその記録の刊行および陰膳調査】
◎水俣現地の市民研究グループみなまた地域研究会と共同で沿岸漁民の生活史を明らかにし漁業と暮らしの歴史と現在を明らかにする目的で聞き取りを行い、その記録を「不知火海漁民聞き書き」として刊行した。これは水俣病被害の中心に位置する漁業と漁師に関する研究が少ない中で、記録を残す作業の一つでもある。もう一つは、水俣市民の食事からの水銀摂取量を調べるために、陰膳調査を実施するとともに、食事の献立を集めて、魚食の頻度を調べた。陰膳調査では、週間耐容摂取量と同程度の水銀を摂取している市民がいることが分かった。
◎これらの成果の一部は、7月15日(金)「水俣に残された水銀のいま?」と題して、みなまた地域研究会の報告会において公表された。
【若い世代の患者ヒアリング:胎児性水俣病ワーキンググループ】
◎客員研究員を加えて構成されている胎児性水俣病ワーキンググループによる調査研究活動がベースとなって進められた。胎児性水俣病と同世代の若い患者(第二世代と称せられる)の水俣病に関して、2008年来検診、聞き取りをおこなってきているが、本年度も継続して行った。
◎胎児性世代の水俣病を取り巻く課題として、法制度的側面からの検討と病像と被害補償をめぐる問題の検討がある。これに関しては、主として大阪で水俣病訴訟の弁護団や阪南中央病院の医師グループらとの検討会を行い、行政の施策や資料の検討を実施してきた。これについては今後も継続される。医学的検診には、下地明友(研究員)、井上ゆかり・田㞍雅美(研究助手)、があたった。ヒアリング作業および資料収集に当ったのは、花田昌宣、研究助手の田㞍雅美・井上ゆかり、客員研究員の山下善寛・永野隆文・谷洋一・伊東紀美代・平郡真也らである。
【医療・福祉相談】
◎これまで同様、被害の実態把握の研究調査活動の一環として位置づけるとともに、地元への社会的貢献として定期的に実施している。運営体制は下記の通りである。
◎◎医療担当:下地明友(研究員)
◎◎インテーク:田㞍雅美(研究助手)、井上ゆかり(研究助手)
◎◎事務局:福田恵子(水俣学研究センター事務職員)
◎◎協力者:鶴田和仁(潤和会記念病院院長・客員研究員)、津田敏秀(岡山大学教授・客員研究員)、頼藤貴志(岡山大学准教授・客員研究員)
◎開催数13回、累計42人であった。